ガエル記

散策

『サチコの幸』上村一夫 その2 そして完

一気に読み通してしまいました。

素晴らしい作品でした。

 

 

ネタバレします。

 

昨日の続き以降、サチコの売春生活が綴られていく。

何かしらの筋道のある物語(例えば復讐だとか誰かを探しているとか)ではない。

親兄弟もなくしがらみもないサチコ(借金もない)はただただ身体と性を売ることで食べて生き延びていくことだけなのでその物語はある意味ぼんやりとして苦悩もない。

悲しい男たち、そして同じ稼業をしている女たちとの刹那的なエピソードが繰り返されていく。

 

私はまだ上村作品に疎くはあるがヒロイン・サチコのキャラクターは他の女達に比べると美形ではあるもののすっとんきょうで表情も豊かでかわいらしい。ちょっとたれ目なのも愛嬌がある。

 

その中で仲間のヨシコに伴って彼女の故郷である山形県へ行く話は特別である。

それはヨシコにとってただひとりの肉親だった父親の遺骨を受け取りにいく、という旅であった。

だが雪の故郷を前にしてヨシコは怖じ気づいてしまう。

今の仕事を知られてしまう恐怖なのだ。

昔馴染みの駐在さんに出会い「村一番の孝行娘」と褒められた勢いでヨシコは村に入る。

村の婆様たちの読経を聞き、降り積もった雪の片づけをしてカマクラを作りヨシコとサチコはしばし雪国の楽しさを味わうがそれは束の間のことだった。

村人たちが次々とヨシコの家を訪れ「東京さ帰っても達者でな」と米や野菜などの餞別を持ってくるのである。

まだ帰るつもりもなかったのにふたりは翌朝早く出て行くしかなかったのだった。

 

この話はほんとうの話、なんだろうな、と思わせる。

しかしよく「山形県」が出てくるような。

 

この後の話でヨシコが『カルメン故郷に帰る』を観に行こう、と言ってるのがおもしろい。(昭和26年3月21日封切り)

しかしこの後、猫が酷い話になるのでダメな人は飛ばそう(私はムリ)

 

がめつい女将に息子が訪ねてくる。武彦という弁護士志望の真面目な人物だ。

「単なる勘違い」で終わるのかと思いきや本当の息子であった。

 

サチコのたったひとりの友だちであるヨシコが日系アメリカ人二世と名乗る客に殺されてしまう、という悲劇が起こる。

 

そしてサチコに「結婚してくれ」という男が現れる。広沢という名の金回りの良さそうながっしりとした男なのだ。

この男は戦争でラバウルから帰ってきたという。慰安婦に対しても優しさを見せる男でもある。

一方、サチコは女将の息子である武彦からも求愛されている。

だが武彦はまだ司法試験を目指している学生である。

サチコは迷うが目の前にいる広沢と付き合い始める。

広沢の気持ちはホンモノだった。

彼は女将の大金を渡し「このコに嫁入り支度の真似事だけでもさせてほしい」と伝えた。

 

ついにサチコは売春宿を後にする。だが広沢と共にトラックの荷台に乗って仲間たちの見送りを受けたサチコは走り出したトラックの上で「降ろして!」と叫び出す。

 

広沢に抱き留められ彼の一軒家に着いたサチコだったが「この家に入るのはいや!二丁目に帰る!お願い」と泣き続ける。

 

広沢はひとり家の中に入り食事の支度をしてサチコを誘ったがサチコは答えない。

広沢の子分的存在の「六」がその様子を見て怪訝そうにする。

広沢は怒ることもなく玄関の前に座り続けるサチコに食事を運び「戸籍謄本」を見せる。

そこには「妻 サチコ」とあった。

 

それを見たサチコは逃げ出すが交番で駐在に諭され広沢宅にもどり彼の寝床にはいった。

 

翌朝、六がやってきた時サチコは朝食の支度をしておりちゃぶ台の前では広沢が新聞を読んでいた。

サチコは初めて味噌汁を作った。

 

広沢は今まで黙っていた自分の仕事をサチコに打ち明ける。彼の仕事は「闇屋」だった。羽振りの良さはそこから来ていたのだ。

しかし闇屋は禁止されている仕事である。

新聞には闇屋逮捕の見出しがあった。

 

サチコは狭い庭に畑を作ろうと耕し始める。

隣に住む藤山さんという老女がサチコに感心して声をかけ家事の方法を教えてくれた。

さらにかわいいヒヨコをわけてもらう。

藤山家にはたくさんの家畜がおりヤギの出産を手伝う。

サチコの幸福な時間だった。

 

ところが夜中目を覚ますとサチコの上に六が乗っていたのだ。

隣室で寝ていた広沢が襖を開けると六は逃げ出した。

サチコは何も怒らない広沢に「どうしてぶたないの」と問う。

広沢は戦争で殴られどうしだったからもう殴りたくないのだと答える。

サチコは怒らない広沢をさらに責め続ける。

だが広沢はついに手をあげることも叱ることもしなかった。

 

サチコは広沢の手伝いをすることに決めた。

六はもう戻ってこないだろう。

闇屋の荷物運びの仕事をするのだ。

だが重い食糧を運ぶ仕事はサチコの身体には辛いものだった。

 

昭和26年10月、サチコと広沢幸雄は二人合わせて百キロ近い闇米を背負い汽車に乗ったのだ。

それがサチコが夫の手伝いをした最初で最後となった。

汽車で移動中闇屋の手入れが始まり幸雄はサチコを置いて線路へと飛び降り、そして貨物列車に轢かれ死んだのである。

サチコは裁判にかけられ執行猶予で釈放された。

 

売春宿の女将と仲間はサチコに戻っておいでと誘ったがサチコはもう戻らない、と答える。

「みんなの気持ちは嬉しい。あんたたちが大好き。でももう体を売って稼ぐことはやめようと思うんです。みんなも早く足を洗ってほしい」

女将は「もっともな話だ」とみんなにうながした。

武彦は再びサチコに求婚する。

だがサチコはこれも断る。

そして二羽のひよこと子ヤギが待つ家へ帰っていくのであった。

 

サチコは「幸」を見つけただろうか?

 

・・・いやもうなんだか感動した。

身体と性を売るのはできるならやめた方がいいんだよ、という話だった。

少なくとも幸雄は幸福だったんじゃないかな。

サチコに生きる道を与えることができたんだから。

最後にサチコから「殴って。怒って」と言われた時、殴るのかな、と思ったのだけど(上村マンガよく男が女を殴っているから)彼だけは殴らなかった。

それがもうこたえた。

サチコもずっと一生、きっとここで彼が殴らなかったことを思い出すだろう。

 

幸雄が逃げたのは農家の人などに迷惑をかけるのを避けたのではないか、と勝手に想像する。

こんなに良い男はそうそういない。