1976(昭和51年)3/4号~5/13号「週刊漫画ジョー」
昨日後、上村一夫作品をいくつか目を通し、さすがにすべて感想を書くほどではないかと思っていたのですがこの作品は特別に気になったのでとりあげます。
ネタバレします。
映画界のおぞましい暗部をエログロに描いた作品、とでも説明するのか。
映画監督・溝口健二のことはまったく知らないがwikiを読むと時代だとはいえ撮影中傍若無人に周囲を罵倒し手荒だったようだ。
そんな溝口をモデルにしたかと思しき牧口健造監督と助監督・村瀬高之そして彼らの前に現れた女子高生・梓若葉さらに牧口の妻で村瀬と不倫関係にある真弓の「蛇淫の性」の物語。
なのだが、あまりに荒唐無稽で描き飛ばした感がある一作であまり今評価されるとは思えない。
だが自分的にはこの作品を読んで「あっ」と驚いたのである。
というのはこの作品は山岸凉子の代表的作品『日出処の天子』の外伝である『馬屋古女王』の下敷きになっていると感じたからなのだ。
馬屋古はむろん若葉だ。
牧口は山背で村瀬は入鹿、というような置き換えはそのままではないから略する。
上の若葉にまといつく蛇という構図は本編である『日出処の天子』の厩戸皇子が毛人を思い布都姫を呪う9巻の一場面と重なる。
そして本作の最後、若葉(馬屋古)が村瀬(入鹿、であり山背でもある)と共に燃え盛る炎に飲み込まれていく場面はまさに『馬屋古女王』と同じだったことに総毛立つ。
とはいえ物語自体はまったく違うのだから別にこれは何も問題はない。
盗作だのトレースだのという段階ではないのだから。
それはそもそも私が上村作品を追い始めたきっかけは上村一夫『完全なる答案用紙』が山岸凉子『ハーピー』に影響を与えていると感じたからだったのだが、これも内容そのものはまったく違うものなのに「構造」が似通っていて驚いたのだ。
本作『鹿の園』も『完全なる答案用紙』ももしかしたら自分の人生で読むこともないままだったかもしれない、と思うと「偶然の出会いとは恐ろしいものだ」と感じずにはいられない。
くれぐれもこれは誹謗中傷ではないと念を押しておきたい。
というか、私の勝手な憶測なのだからその心配もないだろうが。
ただもしそうなら優れた作品が次代の優れた作品の支えになっていくのだと確認した思いであるということなのだ。