ガエル記

散策

『やっちゃれトマト』上村一夫

1979(昭和54年)年4/6号~80年6/27号「別冊漫画アクション

 

上村一夫作品ここまででもっとも「どう読んでいいのかわからない」作品でした。

上の画像を見てまたもや戦後時代の設定かと思いきやそうではなかったことにも戸惑いました。

 

 

 

ネタバレします。

 

 

どんな優れた作家もいつしか「何か違う」ものになっていくのだろうけどこの作品、どこか良い所を見つけよう、どうにか読む方法を編み出そうと思いながら見つけきれなかったように思う。

また他の方のレビューを見つけてその方法を参考にしようと思ったのだがなぜかまったくレビューを見かけなかった。かなり長い連載なのに、どういうことだろう。

 

 

前に読んだ『サチコの幸』は戦後間もない頃の話で孤児となったサチコが売春をしなければ生きて行けなかったという状況でのあの設定は理解できるし明るく楽しい描き方が好ましく思えた。

だがこちらの

16歳の少女が両親を交通事故で失い孤児となる。預けられた親戚の虐待に耐えかねて家出し売春生活に入る。金を貯めて南の島に住むのが夢」と語る大友智子通称「トマト」色黒なのはファッションで肌を焼いたためである。

という設定が1979年当時、どう受け入れられたのか想像がつかない。

 

「1979年のマンガ作品」で検索すると大島弓子は『赤すいか黄すいか』『四月怪談』山岸凉子は『天人唐草』萩尾望都は『恐るべき子供たち』を描いている。

1980年になると大友克洋が『童夢高橋留美子が『めぞん一刻』を始めている。

そんな中で上村一夫40歳のベテランというか大物マンガ家の作品として本作をどう評価し感想が持たれたのか。

 

絵は円熟味を持ち悪いとは思えない。

主人公のトマトは表情も性格も可愛いし魅力的だとも思う。

だけどもなにかかなり古臭い気がして申し訳なくなってしまう。

 

設定としても最初トマトはガラの悪いチンピラヤクザ大岡秀星と組んでいたのにいつの間にかお婆ちゃんと組むことになってしまう。確かにこちらがいいのだがそのくらい定まってなかったのだろう。

トマトはトマトが大好物だったはずなのに食べなくなってしまう。が、顔がトマトになる、という描写はかなり続く。

昔のマンガなのだから、と思ってもこれはちょっといただけない。

おまけにトマトがちょいちょい「南方の娘」になる場面があっていくら何でも1980年頃に16歳の少女がこれはないだろう。

「南の島で暮らす」という夢が当時の少女にあったのか。

人それぞれとはいえ頭をひねってしまう。

 

悲しいことだが本作は上村一夫氏の40歳ころの作品にして晩年の作品といえる。

上村氏はその後も数多くのマンガを描いていて『二都物語』『ゆーとぴあ』などの優れた作品もある。

 

本作は最後にトマトが金持ちのボンボンがヨットで海に旅立つのに同乗し念願の南の島で暮らす、というのでかなり唐突に終了する。

絵はほんとに良いんだよ。

なのにこのセンスというのがなんとも寂しい。

 

いや、でも上村一夫作品、まだまだ読んでいくよ。