1973(昭和48年)年12/13号~74年10/17号「漫画アクション」
葛飾北斎の弟子と名乗る捨八を中心として北斎の娘お栄、捨八の女房となる二代目八百屋お七、さらに蔦谷重三郎、曲亭馬琴などが総出演する。
ネタバレします。
上に貼った表紙絵の男・捨八のキャラクターが力強い。豪放磊落な葛飾北斎と気の合う弟子であり腕前もあるが「男」の欲望に忠実な生き方をしている、。
絵師たちの話、ということもあり昭和の絵師・上村一夫の作画がキレッキレに冴えわたっている。上村一夫の傑作と言っていい巧さだがやはりこれは「現在」では「受けない」のだろうと思ってしまう。
まずは主人公たる捨八が男フェロモンありすぎる。せめて脇役ならよかっただろうが今はきついよなあ。
次に、というかこれが一番問題なのが北斎娘お栄の描き方が昭和過ぎて悲しい。
今はお栄が主人公になる時代。葛飾応為としてまぎれもない絵師として活躍し晩年の北斎の絵は応為が描いたのではないか、という説もあるほどなのに本作ではなぜか決してやらなかったという家事を取り仕切るだけの娘になってしまっている。
というかそもそも北斎の娘なのだからこの時期60歳越え70歳近いのでは?
奔放なお七と対称的にするために「家事をする女」としてしまったのだろうと思われるがお七をセックスだけの女として描いているのだから「絵を描く女」として設定できたと思うのだが上村氏をしても「絵を描く女」は描けなかったのかと思うと茫然とするしかない。
お栄の描き方が「葛飾応為」という北斎を超えるほどの娘というものだったら、と悔やむが昭和の男にはそれがついに描けなかったかと思える。
ところで本作『狂人関係』は1981年の新藤兼人監督映画『北斎漫画』に影響を与えてはいないのだろうか。
私は本作は今回初読みで映画『北斎漫画』はかなり以前に鑑賞したのだが捨八のキャラクターがむしろ『北斎漫画』の北斎を思わせた。
魔性の女が登場する。娘お栄を登場させるも絵師としては活躍させない、などが奇妙に一致して思えるが昭和の男性作家として当たり前の脚本と言われれば賛同するしかない。
お栄が絵師・葛飾応為として活躍するには1983年から始まる杉浦日向子マンガ『百日紅』を待たなければならないのだろう。(同年前に葛飾応為の著作があるのかは知らない)
そしてそれを原作としたアニメ映画そして実写映画『おーい、応為』などで現在では北斎の娘お栄は決して家事手伝いの娘であったとは誰も思わないだろう。
せめて女性を描く上村氏には絵師であるお栄を描いて欲しかった。微塵も絵を描いてないのが悲しい。
そういったお栄=葛飾応為がまったく無視されていることで本作が現在「良し」とされることはないのではないだろうか。
まあ、上村一夫は『同棲時代』(未読だが)『昭和一代女』そして今回知った『関東平野』という代表作によって評価されるのだからいいのだが。
それにしてもお栄の描き方で昭和男の考え方が露見した、という思いがつのるのだ。やはりむなしい。