1980(昭和55年)年4/25号~82年5/25号「ビッグコミック」
新左翼集団「天の声」の生き残りである美冴は、静岡県沼津に渡り、素性を隠して中学校の教師として働き始める。ところが受け持ったクラスは問題児ばかり。彼らを指導していくうちに、次第に教師としての天分に目覚めていく美冴だった。(公式サイトより)
という作品なのだが、これが面白いのか面白くないのか、今の私にはあまりよくわからない。
ネタバレします。
なんかもう違う世界のマンガを読んでいるような気分になった。
同じ真樹日佐夫原作の『ゆーとぴあ』も面白く読んだけどあれもまったく自分とは関係ない世界の話に思えていたのだった。
これは時代のせいなのか。
個人的な問題なのか。
主人公・美冴は上村作品らしい魅力的な女性なのだということはわかる。美女で知性優れ並外れた運動能力を持ち強い意志を持つ。
情け深く男性にも女性にも慕われる。
それはいいのだが常に集団の粘っこいつながりを持たなければならない世界観が気持ち悪すぎて飛び出していきたくなる。
本作には孤立して生きている人間がまったくいない。
それは幸福なことなのか。自分には理解できないのだ。
この当時ではそれは当たり前のことだったのかもしれない。
学校のつながり、仲間意識。
美冴は言う。
「あなたたちになにかあれば私も生きてはいない」と。
このセリフは彼女の覚悟を示す決め台詞なのだろうが「メンドクサイ」と思ってしまう自分がいる。
もっと個々で生きることを希望する。
美冴と登場人物たちがあまりにも濃厚に関係していくのが現在を生きている私にはとても辛く耐え切れない。
作品自体の評価というよりこの世界の人間関係の粘着度に動けなくなる。
もっと自由に軽く生きたい。
この時代が過ぎ去ったことだけが嬉しい。
この世界では生きて行けない。
息ができない。
教師は美冴である必要はない。
普通に教えてくれるだけでいい。
なんならAIでもいい。
時々とぼけた教師がいる程度でいい。
ずっと美冴に粘着している二人組男もいらない。
もっと軽く生きようよと言いたくなる作品だった。
この作品が悪いわけじゃなく時代が移ったのだ。
いつかまた必要になる日もくるかもしれない。