ガエル記

散策

『百日紅』杉浦日向子 その2

で、最初からまた読み直します。

 

 

ネタバレします。

 

其の一「番町の生首」

文化十一年・江戸

葛飾北斎五十五歳

娘・お栄二十三歳

池田善次郎(渓斎英泉)二十三歳

 

私にはわからないがそれでも書かれる江戸言葉が小気味よい。

凄まじく散らかった北斎とお栄の部屋も良い。

上村一夫作では父北斎の世話を甲斐甲斐しくこなし自分は絵を描くことはない、とされていたお栄は数年後描かれた杉浦日向子作では父と同じく部屋を散らかし絵を描きまくっている娘として描かれている。

今では北斎の晩年の絵はかなりお栄の代筆ではないかとさえ言われているのだから上村氏の時期はそういう情報がまだなかったのだろうか。

 

それにしても杉浦氏の描く江戸はまるでそこに自分がいるかのような気がしてくる。

今まで江戸時代ものを見てこんな気持ちになったことはない。

夜分、善次郎がガラッと薄い戸を開けて北斎宅を訪ねてくるところなんかそこで見ているかのようだ。

狭く寒々とした貧乏屋に小さな火鉢がひとつふたつ。北斎は布団をかぶって過ごしている。

美人の生首を見たという善次郎に悔しがる北斎はお栄をおいて家を出て夜泣き蕎麦をかきこむ。

その目の前の川に身投げをする”若い娘”がいた。

善次郎は自分の帯をほどいて桶に結び付けて放り投げた。

 

助けあげたのは若い娘ではなく男だった。

男は善次郎が書いた「生首絵」を見て「お嬢様」と飛びつく。

お嬢様は自害して男が介錯をしたのだという。

そしてその首を門前に置いたのだった。

 

なぜと問われるに男は答えた。

お嬢様はある中小姓と深くなれそめる。それが主人の耳に入り中小姓は不義のお手打ち、お嬢様は下屋敷へと押し込めになった。

ところが昨夜突如お嬢様が戻り男の名を呼び、庭で自害し首を表門にさらすよう命じたというのだ。

男はお嬢様の乳兄弟だった。そしてお嬢様に惚れていた。

主人に密告したのは男だったのだ。

そして男も自害しようとしてできなかった。

どうすればいいかと問う男に「なんなら殺してやってもいいぜ」という北斎

 

男を仏門に入れたのであった。

「憎まれて永らうる人冬の蠅」其角

 

其の二「ほうき」

百両出すから肖像画?を描いてほしいという申し入れをにべもなく断る北斎に「おれで良けりゃ描いてもいいよ」というお栄に注文主は怒って帰る。

そこへ善次郎が死んだ親父の顔を描いてほしいという倅の注文を受けてきた。

こっちのほうは「死体が好き」だから行くという。

遺体のある二階にひとり上がって北斎はその死に顔を描き始める。

ところが途中で死体が起き上がり北斎が動く通りに動き出したのだ。

これを「走屍」という、らしい。逃げれば追ってくるという。

しかし北斎はかまわず描き続けた。

だが耐え切れず「おーい」と呼ばわった。

遺体の倅が駆けあがってきたが起き上がった父を見て気を失う。

続いた善次郎も腰を抜かして階下に落ちた。

北斎は怒って「アゴ」と呼ぶ。お栄のことだ。

呼ばれてきたお栄に北斎は「走屍ってのはどうすりゃよかったっけ」と聞く。

「モウロクすんなよ。ほうきじゃねえか」とお栄はホウキ草のホウキを求めそれで走屍をビシッと叩いた。

遺体はゴトッと倒れた。

 

この前の「百両」の口利きがやってきて注文主がたいそう立腹だと愚痴を言う。

そばにほうきが逆さまに立ててあった。

「嫌な客がすぐ帰る」おまじないである。

 

走屍、初めて知った。

こわいー。

 

其の三「恋」

お栄の恋の物語。

お栄は二十三歳だがまだ男を知らないという。

だから美人画はうまいが男の絵は父北斎のはめ込んでいるだけだ、と北斎は言う。

そのお栄が初五郎という男に恋をしている。

 

善次郎の枕絵もまた他人の絵の引き写しだとお栄はずばり言いのけてしまう。

 

風呂屋でお栄は北斎の門人である井上政女と会う。二十八歳の彼女は豊満な体に色香が漂う。

お栄の裸体を見て「小娘そのまんまのからだなんだねえ」と羨ましがる。

ふたりで風呂屋を出ると菓子屋の店先にいたのは初五郎(魚屋北渓)だった。

兄弟子の姿を見て政女は声をかけて近寄るがお栄は逃げ出してしまう。

 

お栄は洗い髪をなびかせて川べりに行く。

そこには打ちひしがれた善次郎がいた。

「やい、ヘタ善」

「あ化十」

ふたりはそこに座り込む。

 

善次郎が「じつは春画本をあと二冊引き受けてるんだ。やっぱり描けねえ、まねになっちまう、おいら」というのにお栄はザッと立ち上がり「エイ馬鹿野郎」

 

長い髪をなびかせて「阿呆らしい」とかきあげた。

 

これが「恋」なんだなあ。