
ネタバレします。
北斎の女弟子井上政女を描く。
色っぽい美女政女はなんとなく作者の杉浦日向子氏を彷彿とさせる佇まいである。
ご本人、自分をこう思っていたのか、それともたまたま似てしまったのか。
作者自身がヒロインよりセクシー美女という凄さよ。
その政女、師匠の北斎を招いて肴屋にすっぽんを届けさせる。
家の中で肴屋にすっぽんをさばかせるのだが首を切ってもまだ生きていると政女はくすくす笑うのだ。
その様子を北斎はじっと見てて「あの肴屋、よそ見して指でも落としゃしめえかと思った」という。
政女は切りさばいたすっぽんをぐつぐつと煮て北斎と食べる。
「うまい筈よ。肉を喰うのじゃない。生命を喰うのだ」
「まるで鬼のよう」
「鬼と同じさ」
生き血を酒に入れて飲みふたりは抱き合って口を吸う。
北斎が帰っていった後入ってきたのは先ほどの肴屋だった。
肴屋はやおら政女に抱きついて口を吸う。
噛みついて逃げ出した政女の髪を掴み肴屋は思いを遂げた。
「魔がさしたンだ。姐さん、すまねえ」
起き上がった政女はスコスコと墨をすりささっと絵を描きあげた。
鬼が包丁をかざして人を襲う場面だ。
彼女は「ふっふっふっふ」と笑った。
一方北斎も家に帰りいつものように布団をかぶりながら絵を描く。
政女らしき美女が肴屋に襲われている場面だ。
「〽エエモ生臭い。よしとくれ。ふっふっふっふっふ」
北斎が政女の家に行くとその唇が切れていた。
「黒犬と噛みあいましたの」
北斎が知ってて帰りたぶんその様子を見ていたことを彼女は知っているのだ。
其の九「鬼」
お栄は武士からの注文を受けて「地獄絵図」を描く。
「さすが北斎の子よのゥ」と称賛し武士は満足だった。
だがその夜から武士の奥方は亡者の悲鳴が聞こえるとして具合が悪くなり床に伏し食事も喉を通らなくなった。
しまいには怖れて行燈を倒しボヤを起こしてしまう。
その話が伝わり「うますぎるってのも厄介なもんだねえ」という話になる。
が、北斎は「へん、厄介な絵なんざ腕が未熟な証拠だ。どれ、その下絵を見せてみな」と言い出す。
「こんなこったろうと思った」と下絵を見て北斎は言い切った。「てめえはいつだって描いたら描きっぱなし”始末”をしねえから悪い」
夜も遅いが北斎は立ち上がる。
出来上がった地獄絵図には観音様が描き加えられ周囲に餓鬼どもがすがっていたのだ。
「殿さん、これで万事相すみましたよ」
「かたじけない」
帰りしな
「おめえはまだまだ半人前だなあ」という先にツバメが巣をつくり子育てをしていた。
良い話だ。
すべて決まってる。
其の十「人斬り」
「武家の出だから」ということで「人斬り」の挿絵を頼まれた善次郎だったが小説家は「芝居の絵だ」と言って気に入らない。
善次郎は馬糞を投げつけた「糞食らえだ」
その帰り道で倒れている北斎を見つけ慌てるが北斎は道に伏して視点による景色の違いを確かめているところであった。
しかしどうやら鼻緒が切れて倒れたのを誤魔化していたようだ。
起き上がった北斎は善次郎を飯に誘う。
善次郎は「紙屑絵師だと罵られた」と愚痴を言う。
「オウよ、結構じゃねえか」という北斎に善次郎は「ありのままの人斬りを描けとぬかすんでさ」と答える。
善次郎は見たことがあり、北斎もまた経験があった。
「ありのままの人斬りなんざ気持ちのいいもんじゃねえや」
善次郎は三年前まで池田茂義という武士であり、若年寄水野壱岐守に仕えていた。
そこで人を斬ったのだ。
それを思いだしたところで蒲焼が差し出された。
こんどは北斎家の屋根に上がって善次郎にいう。
「ここからだと地面が六で空が四だ。タカやトンビから見たら地面ばかりでそのヘリに空がある。
犬と人間と鳥は別々の景色を見ている。俺ァ自在に景色を見てえのよ」
これはなにも絵師だけの話ではないのではないか。
その目になって見る。
大切なことだ。
其の十一「四万六千日」
歌川国直が良い男である話。
ガタイがでかくて人が良い国直のマブダチ源ちゃんは親から勘当され今は万引き集団の一味だという。
言った先から国直は財布を源ちゃんに盗まれてしまう。
が「源ちゃんはいい奴だよ」と言いふたりはそのまま酒を飲みに行く。
そこで国直は買ったばかりの墨をすり襖絵を一気に描き上げる。
「今日は驕るぜ」という国直に「さあそれはどうかな」という源ちゃん。
国直の財布は空っぽだった。
「友だちは友だちでも商売は商売だ」
国直は襖絵に自分の名を記した。
旦那を呼んで「こいついくらだろう」
国直の名は高い。困っている旦那に「ここの勘定はこの絵で間に合うかい」というと旦那は「お代は先の方がすませていかれましたよ」と。
やっぱり源ちゃんはいい奴だ。
男意気というお話だった。