
ネタバレします。
其の十二「矢返し」
矢場の女である”お時”は尻を触ってくるような野郎には容赦はしない。
が、姿の良い若侍に好意を持っていた。
若侍との逢瀬でときめくお時に若侍は「家に帰ろう千草」と告げる。
なんと若侍はお時の異母兄だったのだ。
とたんにお時は「あたいはナメクジと侍は見るも嫌いサッ!!」と叫び飛び出す。
善次郎の手を引いて待合に入り込む。
喉が渇いたというお時に応じて水を持ってくる善次郎の前でお時は服を脱ぎ「あたいやっぱり彫るよ」と言い出す。
いっぱいに開いた窓から雨が降りこむのも気にせず「つめたくって気持ちいいや」というのであった。
江戸っ子っていうのは意地っ張りなんだなあ。
其の十三「再会」
”おたか”の具合が悪いという。
”おたか”は四、五年前に三河の母親が死んでから江戸に戻って縫い物なんぞをしていたんだが他に身寄りもなく望みもないという身の上でどっさり血を吐いてしまったという。
”おたか”とは歌麿の死水を取った女らしい。北斎はどうやら振られた過去がある。
「見舞ってきてやんな」というお栄の言葉に「俺ァ可哀想な奴なんざでぇっきれいなんだッ」と言い返す。
やむなくお栄が見舞ったのであった。
おたかは「いい男が迎えにきてくれるんだとさ」と嬉しそうだった。
それを伝えると北斎は会いに行く。
おたかは湯あみをしていた。
身体が透けて見えた。
北斎はおたかを𠮟りつけ寝かしつける。
戸を閉めようとする北斎におたかはちっと開けといてください、と頼むのだった。
閉め切ってしまうと寂しいし虫が来て鳴いてくれるのだという。
夜、虫の音を聞いているといつのまにか辰吉が側に座っていた。
辰吉は昔のままだった。
「さあ行こう」と手を引く。
「でもまだ支度が」というおたかに「支度などいるものか」と引き寄せた。
虫の音の中をふたりは歩いていく。
おたかはなにか忘れ物をしたようで思い出せなかった。
なんという美しい話なんだろうか。
其の十四「波の女」
江戸・東両国
古今無双の大女力持・大汐太夫は七尺五寸三十五貫目
実際は六尺ニ十貫ちょっと
それでも大女には違いない。
そんな太夫には好いた男がいた。
ところがその男は借金があってこともあろうに太夫を売り飛ばしたのである。太夫は船に乗せられ浪速へと連れていかれるところだった。
が、太夫は買った男たちを張り飛ばし次々と舟から突き落とすとゆうゆうと泳いで戻る。
太夫は神奈川の漁師の娘だったのだ。
男のところへ戻った太夫は土下座する男に「いくらで売ったの?」と聞いた。
ふたりは夫婦となって力を合わせて借金を返すことにしたのである。
良い話・・・なのか(笑)いやもう太夫が良いのならそれもまた良し。
この時代に180センチの身長で惚れてもらえるならばねえ。
其の十五「春浅し」
極めてふざけた北斎一家と御家人加瀬氏へ養子に行った次男多吉郎のちぐはぐなやりとりがおもしろい。
まずは本作のタイトル『百日紅』の意味が説かれる。
百日紅は夏の期間長い間びっしりと咲きそして散る。散ってもなおどこが散ったかわからないほどに咲く。わさわさと散り、もりもりと咲くのだという。
その姿を長い間絵師として活躍した北斎に重ねているのである。
このタイトルを付けた杉浦日向子の手腕に舌を巻く夢枕氏である。
そしてこの作品と杉浦日向子を褒めたたえるのだがどうやらこの時期杉浦日向子氏が「引退してご隠居になった」らしい。
それはその後、作者が病気であったと判るのだがこの時それは知らされてなかったようだ。
「存命で元気もあるのに」と夢枕氏は杉浦氏のマンガが読めなくなったことを口惜しがる。
そして「ぜひ一年に一本短編でいいから、おれのために描いてください」と結ぶのだ。
私は杉浦漫画読みの新参者なのではあるが確かにこの作品は他の人には絶対描けない。
夢枕氏の気持ちもわかる。