
ネタバレします。
其の二十五「心中屋」
これがまたなんともおもしろい。
若い娘が血だらけで倒れその側に遺書らしきものが。
母親は泣いてとりすがるが娘は血だらけのままむくりと起き上がり「おっかさん」
昨夜死ぬつもりで歩いていたら通りすがりの男に「一両で心中につきあおう」と言われ払って心中を買ったものの一夜明けたら自分は行き帰り男は消えて血糊だらけとなっていた、という。
善次郎がこのお話をお栄に伝えていると北斎が血だらけで帰ってくる。
鶴屋南北の新作芝居では首は飛び長はまき散らされ舞台からの返り血で真っ赤になるという。
またも若い娘が死のうとしている時これもまた若衆髷の少年が声をかける。
一両で西の果てまで送ると約束する。
死ぬ方法でどんなふうになるかを説明する少年の話を少女はずっと聞いている。
刀で女性の胸を突き血しぶきがあがる。
と思ったら少年は芝居小屋の楽屋にいた。
佐吉の用意する血糊が多すぎると愚痴る役者たちに「わしがそうしろといったんだ」と出てくる南北先生。「お客は大喜びだ」
北斎宅にいる善次郎のところへ昨日心中してきた娘が訪ねてきた。
其の二十六「仙女」
ますます不可思議な話だ。どうなってる???
例によって遊郭で一夜を過ごしていた善次郎。
床を一緒にしていた遊女が夜中に目覚め裏にある墓場から物音がすると言い出す。
こないだ人魂も観たという。
怖れる遊女を前にして善次郎は「どれ見て来よう」と窓から飛び出す。
ひとり墓場を歩いていると足首を掴まれ倒れてしまう。
それは美しい女だった。
女は「おまえを産んだのはわしじゃないか」と言い出す。「思い出さないか。乳を吸ってみろ」
翌朝善次郎が北斎宅に帰ると北斎は善次郎の背中に老婆がおぶわれているのを見て問うた。
善次郎はぎょっとする。
若い美女だと思っていたのが朝になると老婆になっていたのだ。
老婆は今度は北斎に「おまえを産んだのはわしじゃないか」と言い寄った。
北斎と善次郎がそばを食いに行った後、老婆はお栄に不思議な幻術のようなものを見せる。
それは遠い中国の景色のようであった。珍妙な岩の上に一軒家がある。
その家の中にお栄がいると窓から善次郎が「お栄ちゃん」と声をかける。
はっと目が覚めると老婆の姿はなく目の前にチリ紙がうず高く積まれていた。
「ナンダコラァ、アゴなにやってんだ」
老婆は北斎の母だと名乗って金を借りて逃げたという。
北斎だけでなく町内中から借金をしまくって消えたのだった。
あれ以来お栄ちゃんは仙人の本ばかり読んでいる。
其の二十七「稲妻」
もうほんとにキツネにいやカワウソにつままれたようなお話だ。
稲妻の走る長雨の夜、将棋を指す北斎と八造、そしてぼんやりしたお栄とぐうぐう寝ている善次郎のところへ田舎から北斎に絵を描いてもらいに来た、という男が訪れる。
百文を放り出す田舎者に怒る北斎「俺の絵は五両だ」
絵を届けにいくというお栄に八造は付き合うという。
ところがすいと出てきた人影がお栄が持っていた絵の入った包みをかっさらって逃げていく。
「ドロボー」という叫びに捕まえようとした男たちがいたが盗人はひょいと川の中に飛び込んでしまったのだ。
お栄はやむなく家に帰る。
北斎は「ろくな晩じゃねえや。寝ちまえ寝ちまえ。寝て起きりゃ別の日だ」と布団にもぐる。
夜中ホトホトと音がして戸口の向こうでドスンと物音がした。
戸を開けるとそこには立派な鯉が一匹置かれていたのだった。
「絵の代金か」
北斎はそれを見事な絵にした。
其の二十六「野分」
北斎はかわいそうな話が嫌いだという。
泣き虫で耐えられないのだ。
北斎の後妻である”こと”には盲目の娘がいた。
北斎の末娘になる。猶という。
幼少の時に琵琶の弟子として尼寺に引き取られていたが病気で帰されてきたのだ。
北斎は鐘馗様の絵を描いてお栄に持たせた。
お栄は盲目の妹に絵の説明をしてあげる。
その夜はそこに泊まることにした。
そこへ善次郎が来て「変だな、小さい娘がついてきたように思ったけど」という。
とたんに物凄い風が吹き込む。
お栄は走った。
「いっちゃったよ」
其の二十九「夜長」
妾の家で死んだ男が妾に捨てられ上着をはがされいつの間にかふんどしだけの姿になって生き返る。
自分でも夢かうつつか、死んでしまったのか生きているのかわからないままに妾の家に行くが妾は「これは夢だよ」と言って戸を開けてくれない。
やむなく男はふんどしのままで歩き出すが自宅に帰るのもはばかられる。
しばらく行くと乞食から「そんな立派なふんどしをしていると仲間から奪われるぞ」と言われた上に”こも”をかけてもらう。
腹の虫が鳴り乞食から食べ物を分けてもらう。
そうしていると女房がとおりかかり「あなた?」と声をかけられた。
女房さん、ちゃんとわかってくれるのやさしい。
其の三十「山童」
そこで京伝に「いつまでも(お栄さんを)便利に使ってちゃいけねえな」と言われぐうの音も出ない。
その頃、お栄は雪景色を写生に向島あたりに出ていた。
そこで奇妙な母子に出会う。
若い母は「この子を三河町の糸屋伝兵衛のところへ連れていってくんな」というのだ。
お栄は嫌がるが何度も頼みにくる。
その子は狩人の握り飯を盗んで食ったので米の味を覚えてしまったから里へやった方がしあわせだ、というのだ。
そして乳が張ると言ってその子を置いて帰っていった。
が糸屋に聞いてもそんな子は知らないという。
やむなく家に連れ帰るとその子はカエルを取ってそのまま食べる。
善次郎は気持ち悪くなるが北斎は「天狗の子かもしれねえな」という。
しばらくして糸屋伝兵衛が訪ねてきた。
お栄が会ったという女の様子を聞く。
「私どもの娘は十三年前に神隠しにあって以来行方がわからないのです」
お栄が「人一倍達者で下にもまだ子があるそうだ」というと安心した。
そして市太郎というその子を大事に育てます、と連れ帰ったのだった。
糸屋では毎日子供に青魚を喰わせたという。
天狗が青魚を嫌うためらしい。
『百日紅』はここで完となる。
なんとも不思議なエンディングでもある。
むろん北斎はこの後ずっと長生きをしお栄もまた絵を描き続けたろう。