ネタバレします。
「袖もぎ様」
手鏡で外の様子を見ている箱入り娘。
見ているのは店の前をいつも通る若者であった。
冒頭から娘の後ろ姿が描かれる。
紙の結い方、飾りそして襟首の細さ初々しさあどけなさ。
そして若者は娘がいる店の前で鼻緒を切ってしまい倒れ込む。
店で鼻緒を仮修理してもらった若者とその友人たちが出て行った後、娘は突っ伏している。泣いているのだろうか。
「そろそろお支度を」の声に娘はやおら走り出す。
このあたりもほんとに若々しいのだと感じられる。
娘は若者たちに追いつき声をかける。
「あそこは実は”袖もぎ様”なのであなた様のお袖をいただかねばなりません」
娘は若者の片方の袖をもらい代わりにと自分の振袖を片方ちぎって渡したのであった。
娘の振袖をもらった若者は驚く。
「モウお会いすることもないでしょう」
そう言って駆け去る娘の履物は不揃いであった。
娘は預かった若者の袖の中に木瓜の実が入っているのに気づく。
追いついた時若者たちはちょうど通り道の木瓜の実をとっているところだったのだ。
娘は袖の中にその木瓜の実を挟みそのまま箱の中に大事にしまいこんだのだ。
その日は娘の輿入れの日だった。
次の日も若者たちは店の前を通った。
なにこれなにこれー。
考えることが多すぎて泣いてしまう。
たぶん同じ年ごろでも男女でこう違うのだ。
男たちはまだまだこれから勉学をして行かねばならない。
いや女もまた女という勉学をしている途中なのだともいえる。
婚礼は女にとって最終ではなくむしろこれからなのだから。
この日の出来事はふたりにとってどんな思い出になるのか。
案外、女の方は忘れてしまい男の方がずっと覚えているのかもしれない。
「ぼうずのざんげ」
若い頃ひとりの娘を介して言い争いになった親友同士。
カッとなった若者は親友を斬り殺してしまい切腹を命じられる。
が、この切腹を失敗し士籍召上げのうえ追放される。
絶家は免れたものの父は隠居のうえ減禄となる。
若者はむしろサバサバした心持で一介の無宿となり家を出たのであった。
程なくして道端に立つ者を見つけ、それはかの娘であった。
娘の心中はわからないままだが娘は長い間若者の後をついてきた。
しかしその姿が墨絵のような風景の中に小さくなり、その後いろいろと、いろいろとございました、とかつての若者は老僧姿で語ったのであった。
老僧は旅先で見かけた父子連れの子供が川に溺れたのを助け衣が乾くまでの間に昔語りをしたのである。
父子は子どもを丁稚にしようと江戸に連れて行く途中で迷っていた。
老僧の勧めで迷いの晴れるまで江戸に入らず逗留することにした。
一話目は短い時間で長い時を感じさせたがこの二話目は長い時が過ぎている中で思い出の時間を切り取っている。
若い友を殺してしまった老僧が幼い子どもを救う。
「もず」
若い娘とねんごろになった男は年増女郎に別れを告げに来る。
女郎は軽口を叩きながら男への恨み言を告げる。
捨てられた女郎の話だけど枝の先にとまっている百舌のようでもある。
「矢でも鉄砲でもってな風情」なのだ。
なるようにしかならない、という諦観の思いがある。
1983年「