
ネタバレします。
「吉良供養」上・下
この本の一番の読み物であろう。
まず冒頭に
「大義」が殊更物々しく持ち出される時人が大勢死ぬ。快挙とも義挙ともはた壮挙とも云われる義士の討入はまぎれもない惨事だと思う。ヒナコ
と書かれてから始まる。
吉良家見取り図と被災概要一覧が詳細に描き込まれた図が示される。
さらに吉良邸の人数は八十名前後、女はいない。宿直していた侍は平生通りの二十二名とある。
この二十二名は追加であろうから百人以上の男性のみがいたことになる。
元禄十五年(1702年)十二月十五日 寅の上刻、七ツ時(午前四時)
表門隊大石内蔵助以下二十三名。
裏門隊大石主税以下二十三名。
屋敷に入って次々と人を負傷させ或いは刺殺する。あるいは逃げおおせた者もいる。
この一部始終が軽やかな筆で描かれていく。
これまで読んできた杉浦日向子作品の中でも秀逸な描写であると思う。
アクションマンガ作品の紹介に是非入れたい一作である。
この討入で吉良邸の死亡二十三名、負傷十六名。一方赤穂浪士側は死者無し。
完全なワンサイドゲームであった、と杉浦氏は記す。
「敵対して勝負仕り候者は三、四人許り、残りの者どもは立ち合いに及ばず、通り合わせに討ち捨てられた」
事後二百八十年、今尚この「大量殺戮」は賞美され赤穂主従の墓所泉岳寺もたいそうな景気だが片や吉良家の「忠臣」はその埋骨の地点さえわからない。曰く「大義悉く滅す」
さらに吉良家の後継者となった養子の吉良佐兵衛義周は事件の不始末を理由に信州諏訪に流罪となる。
気鬱となり三年余り後幽閉先にて衰死。(二十歳前であった)
吉良家の悲劇である。
だけど。
この作品を読んでも「吉良上野介は悪くない」という立証にはなっていないため「だからなに?」と思ってはしまう。
いや確かに「だからといって一方的に襲撃してよい、ということにはならない」のではある。しかし人々にそう思わせてしまったのはなぜなのだろうか、ということを考えなければならないのではないか。
杉浦日向子氏はじめ『忠臣蔵』は作られた美談であり単なるテロリズムにすぎない、という論法なのだろう。
そしてその通りなのだろうが、なぜ日本人がこのテロリストたちを称賛してしまったのか、というのはそれほど日本人が「陰湿ないじめに会い続けながらそれをどうしても抗えないまま自殺するしかない」思いを赤穂浪士がさっぱりと討ってくれたから、としか言いようがない。
いわば「吉良家のことなど考えていない」のだ。
赤穂事件の「事の真相」はよくわかってはいないという。
その上で「身分の高い高齢男性が経験乏しい青年の失態(賄賂を渡さなかったとか儀礼に反していたとか)を指摘して嘲笑した」という話は日本人の心を刺す。自分たちの立場を彷彿とさせるからだ。
その後、浅野内匠頭が切腹を命じられた、という事態は「学校や職場でいじめを受けて自殺した若者」と重なる。
いじめを受けた子どもの自殺を機に学校や企業を相手に戦う親を罵る人は少なかろう。
「いや、それと赤穂事件は違う」と言われてもどうしても重ねてしまうのが日本人の思考なのだとしか言いようがない。
いじめのために子を失った親ははっきり言って討入したいくらいなのではないか。
テロリストになってもかまわない、くらいの気持ちなのだ。
なのでそれを体現したこの話にどうしても肩入れしてしまうのだろう。
杉浦氏は「赤穂義士」の暴挙を細かく描きそれがいかに残虐なものだったかと訴えているのだが「赤穂義士」の気持ちを持っている方は「もっとやれ」と思ってしまいそうである。
というわけで申し訳ないが本作を読んで「ああ、吉良氏に酷いことをしてしまったのだな」と反省する赤穂義士派はいないだろう。
私は『忠臣蔵』に共感する気は全くない、と思っていたのだが本作を読んで自分が「赤穂義士派」だったと確認してしまった。
「いじめはダメ、絶対」である。
なので「吉良上野介は悪くない」を描きたかったら殺戮現場を突き付けるのではなく(それは無意味)「あれはいじめなどではなかった、むしろ浅野内匠頭の方が悪かった」方の立証をするべきだった、と思うのだ。
それはそれとしてテロ現場の描写が抜群に上手い。(いいのか?)