1958年「東映」
ネタバレします。
清張原作のもう一つの初期有名映画作品『ゼロの焦点』とどうしても比較してしまうのが本作である。
非常に興味深く思われた『ゼロの焦点』とは違い、私はなかなか本作にはいりこめなくて困っていたのだが今回鑑賞しなおし原作も読みなおす機会となった。
「独断近代日本史学びの会」の鑑賞としてはとても有意義であった。
鉄道、汽車、人々の服装、会社の内装も観ているだけで楽しめる。
絶え間なく吸われ続ける煙草、今の人間よりも年を取って見える不思議さ、その代わりひとりひとりの個性が際立っている。
特に安田夫妻を演じる高峰三枝子・山形勲ふたりの顔には見惚れてしまう。迫力ある。
本作は松本清張初の長編小説でもあるという。
それがすぐに映画化された。
今尚松本清張原作の映像化は頻繁に行われている。
なぜなのか。
私はその理由の一つとして清張作品には女性が大きく活躍しているからではないかと思っている。
本作でも鉄道時刻表オタクだったのは療養中の妻、であった。
そしてすべての鍵を彼女が握っているのだ。
男性だけが行動活躍し女性が奇麗な添え物として描かれる作品は消えていく。
清張作品はむしろ女性がドラマを動かしていくのだ。
さらに清張作品は作者が福岡生まれであることを作品内に取り込むことが多い。
本作も東京と福岡さらには北海道に渡る舞台づくりとなっている。
むろん本筋の舞台である鉄道も良い効果を生み出していく。
映画と原作の最大の違いは映画ではこの事件が安田夫人の「切ない愛情から行われた」となっているが原作では安田夫人が「仕組んだ殺人及び無理心中」である。
これもやはり松本清張が描いた「女性が行った犯罪」という方がタイトルにもぴたりと合っているようにおもえる。