ガエル記

散策

『八つ墓村』野村芳太郎/原作:横溝正史 さらに古谷一行TVドラマ版 その2

古谷一行TVドラマ版を観て再び(どころじゃないけど)野村芳太郎映画作品を観ている。

 

ネタバレします。

 

 

原作の時代設定に準じた古谷版と違い70年代とした野村版だがその変更は意義があり正解だったと思う。

今回の映画化はどちらになるのだろう。原作準拠にこだわる最近の風潮が強いが物語はそれだとしても時代設定だけは現在にした方がいいように思う。

古谷版は原作の味があって非常に良かったのだがその上で現在にした方が良いのではないか。

 

原作も読んでいるから思うのだが主演の萩原健一はかなり原作の辰弥を意識した控えめな演技をしているのではないかな。

原作の辰也は色白の美貌の青年と描かれている。はっきりいってショーケンのイメージとは違う気がするがあえて控えめな美男子に徹しているようだ。

 

その辰弥を導く美也子を演じるのが小川真由美

この八つ墓村で田治見要蔵の双璧をなすのが彼女であろう。

古谷版では鰐淵晴子が演じていて彼女の美しさは申し分ないがさすがに小川真由美の「なにかをしでかす妖気を秘めた美貌」には及ばない。

後半美也子と辰弥は洞窟に入り情を交わす。

が、美也子の本性を知って恐れ逃げ出す辰弥を追いかけていく様はイザナギイザナミを思わせる、という評を見て「なぜいきなり古事記」とおかしくもなったがそれも含めこの物語は多くの日本人(でなくてもいいが)を惹きつけるのかもしれない。

また洞窟の中を彷徨うことに辰弥は母の胎内に戻ることと重ねている。

『獄門島』が海を背景にするなら本作『八つ墓村』は連なる山々を背景とする。

海に囲まれた列島である日本という国は同時に山の国でもある。

犬神家の一族』も信州の山中の舞台であったが本作はより山の中という印象が強い。

そして洞窟の闇が物語の「祟り」という闇を表現する。

 

と、本作を解き明かしてみたが実を言うとこの物語の核である要蔵の「乱心」が何故なのか、がいまだにわからない。

わからないから「祟り」が原因とされるのだろうしだから私が本作を評価しないできた、ということにまた戻ってしまう。

本作の元ネタとされる『津山三十人殺し』の原因は「いじめ」であろう。

兵役検査で「丙」とされた恥とそれまで肉体関係を持ち続けてきた女たちから馬鹿にされ肉体関係を拒まれたという「恥」そして貧困を理由に自慢の学業が続けられなくなってしまったという焦り苛立ちなどが彼を追い詰めていく。

だが富裕で傲慢な要蔵はそれとはまったく違う人格だ。

なぜ『津山三十人殺し』を元ネタとしながらまったく違う設定にしてしまったのか。

それは当時まだこうした心理の解明がなされず暴力とは傲慢な男性が起こすもの、としか考えられなかったからなのだろうか。

 

元に戻ってしまった。

そこが私のひっかかりであり今回理解できるのではと思っていたのだがどうしても山﨑努の狂気が腑に落ちないのだ。

それ以外は確かに本作面白いと思う。

 

新作『八つ墓村』はそのあたりどう解釈そして表現されるのか。

そこまで深く考えたものではないのか。

 

期待はしてしまう。