ガエル記

散策

『黒の奔流』渡辺祐介/原作:松本清張

1972年「松竹」

山﨑努と岡田茉莉子の戦いを観よ。

 

ネタバレします。

 

 

私が松本清張を長く読まなかった理由は本を覗くとあまりにも字が小さくて二段になっていて無理だった、というしょーもないのがあるのだけどもうひとつは批評として「怖くて嫌な女しか出てこない。女性差別が酷い」とかいうのばかりが目についたというのがある。

文字の小ささは印刷が変化したしそもそもデジタルで購入することになった現在ではまったく関係なし。

そして他人の批評(といっても勝手に私の目についたものに限るが)はまったく違っていたと知ってから気づいたものであった。

だから自分で確認しなければいけないんだよ。

 

本作のドラマなど観れば確かに「原作の松本清張って女性嫌悪と差別が酷いんでは」と思ってしまいそうだ。

しかし清張氏が嫌っているのは女ではない。

「女にモテていい気になってるイケメン野郎」なのである。

弁護士なんぞになって上昇志向のあるイケメンは特にお嫌いである。

良いように周囲の女と関係を持って本命は富裕で清楚な令嬢などという男は最悪なのだ。

松本清張氏は完全に女性の視点で考えているのだ。

だから自分を救い捨てようとするこの男を絶対に許さない。

清張氏は真のフェミニストなのである。

 

原作は読んでないので完全には清張氏の考えとは違うだろうが映画でもその思考は伝わってくる。

山﨑努演じる若弁護士のイヤラシさ、都合よく生きて行こうとする男を清張氏は許さない。

それが基盤にあるので清張ものはおもしろい。

だけど若い時にはこの面白さがわからなかっただろうな、とは思う。若い時はこんな嫌な男を観たくないのだ。

こういう男はしょぼい脇役であってほしい。

しかし主役もしくはその敵役であってこその醍醐味である。

 

とはいえ男側の視点に立てば本当におそろしい。

「私は一生先生の影の女でいいんです」「あなたの奴隷になります」と言いながらそのくせまったくそんなつもりはないのだ。

松本清張の描く女は怖いのばかりだ」と言った人たちの気持ちはわからんではない。

逃してしまうくらいなら諸共に破滅してみせるのだ。