ガエル記

散策

『人びとの社会戦争』益田肇 その1

2025年「岩波書店」

 

もうかなり日が経ってしまったがネットで偶然見かけた本著が気になり読んでみようと思います。

 

現在はまだやっと序章に入ったところです。

さてどうなりますか。

 

 

ネタバレします。

 

【序章 人びとは何を戦っていたのか】

 

1940年11月、中国との戦争が膠着状態に陥るなか、帝都東京は華やかな祝賀ムードに包まれていた、と記される。

11月10日に開催される「紀元二千六百年式典」に向けて奉祝ムードが日々高まっていた。

当時の東京の尋常小学校六年生女児の作文がここに書かれる。

東京駅で下車して宮城前に急ぐ幼い彼女の目に月夜だけでなく街並みの電飾の輝きそして驚くほどの人出が映る。そんな中で足元に咲く記念の菊をちぎったり折ったりする非国民への怒りが記される。

その怒りはひとりの男性の叱り声で報われる。

 

映画の冒頭のような書き出しである。

そして通常ならここから戦争場面へと移っていくのだろうが本著は「人びとの社会戦争」と題されている。戦争の中の社会描写が続くようだ。

ここで驚いたのはこうした戦争の前、特に1929年の「世界恐慌」という言葉があるのだから日本も同じように貧苦にあえいでいたと思い込んでいたのだけど「同時期の日本の経済成長は(ソビエトを別として)世界的にかなり例外的だった」と書かれていることだ。

それはその時期の日本が対植民地貿易で繁栄していたからであった。

こうしたことをよくわかっていない、というのはどういうことなんだろう。

無論自分自身の勉強不足だからではあるが「なんとなく思い込んでいた、思い込まされていた」と今更ながら気づかされた。

そしてこの時期の日本の繁栄を支えていたのがほぼ朝鮮人の労働力であった、と書かれている。

これも情報として知っていたはずなのにそれがどういうことなのか、という考えに至っていなかったのだ。

 

むろんそれは一般の国民が享楽を感じていなかったからなんだろう。

それは1938年に書かれた東京尋常小学校三年生男児の作文によって示されている。

「食べたいお菓子を我慢して紙ばさみも兄のお古を使って」という少年の誠実な思いを著者は「楽観的でのんきで」と記す。

 

そして女性たち。

1932年に立ち上げられた国防婦人会は大阪在住の44歳の主婦・安田せいの思いつきからだった。

それまで社会に出ることのなかった多くの一般の女性たちが戦争という非常時に社会で活躍することになっていくのだ。

その高揚感はどれほどのものだったのか。

 

著者・益田氏は記す。

これまで戦争をめぐる古典的な語り口は暗い谷間から明るく前向きな戦後、というものだった。

戦前戦中戦後を問わず普通の人々はほぼ受け身的な存在として描かれがちだった。

まるで「戦争」や「占領」という出来事が台風か天変地異かのようであり人々はその通貨をただひたすら耐え抜いていた者たちであるかのように描かれてきた、と。

 

しかし本著では多くの人々は控えめにいってもかなり肯定的、もっといえばかなり熱狂的に戦争を支持し参加してきたということが書かれていくようだ。