ガエル記

散策

『人びとの社会戦争』益田肇 その5

 

ネタバレします。

 

【第六章 全体主義の魅力(一)絆、団結、一体感の希求 1931-34年】

「日本はなぜ戦争への道を歩んだのか」

この問いにこれまでは「軍国主義」「関東軍の暴走」という「今現在にはない当時の軍部の異常性」を唱えてきたがここでは「では当時の多くの人々はどう関わってきたのか」という思考がなされる。

確かに今現在を眺めると一般国民は否応なしに自民党政府に動かされているというよりもSNSに表される世論を政府が読み取り行動しているように思える。

国民の意志無く政府のみが動くことはできないのだ。

 

「らしくあれ」という願望が人びとを突き動かしていく。

行動するは別にしても意見を投書する=今ではSNSにあげるのは同じ。

 

【第七章 全体主義の魅力(二)対立、格差、多様性の嫌悪 1934ー37年】

女性から見た全体主義。

モダンガールへの反発。職業婦人への反発。

女性よ、家庭に戻ろう、という意識。

女性の進歩に対する揺り戻しが起きるのだ。

 

 

第Ⅲ部 戦いの時代

【第八章 戦争の魅力(一)国内相克の克服 1937ー38年】

国民が戦争へと駆り立てられ進んでいく様が描かれる。

南京陥落の報に沸き返る日本国民。

吉川英治が吉屋信子に対し「小さいことでいろいろ支那の人を可愛そうだと思うが我々はそうした小さなことを踏み越えてもっと大きな目的のために進むべきだと観念してこの戦争に対するのです」と言い吉屋も「ほんとうにそのとおりだ」と考える様子が恐ろしい。

「大きな目的」のもとでいったい何が闘われていたか。

なぜそこまで人びとは戦争を戦勝を美談を欲していたのだろうか。

そうした戦争の魅力とはいったい何だったのだろうか。

 

わたしはここで「承認欲求」ではないか、と考えているがどうだろうか。

江戸時代まで何の存在でもなかった日本国民がいきなり世界に躍り出て「実は日本人が一番すごかったのだ」と見せつけたかったのではないか。

今でもこの承認欲求の高さを見せられる。

「どこの国の人も同じくらい」というのはダメなのか。