
ネタバレします。
【第九章 戦争の魅力(二)人びとはなぜ戦争を欲したのか 1937ー38年】
この章を読んで思い出したのは「戦時中、女性たちが命懸けでパーマネントを求めた」という話である。
今となればなぜそこまでパーマネントに憧れたのかはわからない。そもそも日本男性はそれほど女性のパーマネントを好んではおらずむしろ直毛黒髪のままを好む向きがあるのだからこれはもう女性が自分自身のためにパーマネントを求めたのだとしか思えない。パーマネントに希望の光を見たのかもしれない。
(とはいえ後に男性もリーゼントに狂いだすからそういうものなのだろう)
パーマネントを禁じられた戦時中も女性たちはそれを求めそして美容師たちはそれに答えるために防空壕の中でもパーマをかけ続けたという。
一方国防婦人会に参加し活動する女性たちもそれまでとは違う社会的活動に身を投じることに「解放」を感じている。
いわば戦争によって女性たちは「権力への抵抗」と「制度からの解放」を実行していった、ともいえるのだ。
【第十章 草の根からの翼賛体制 1938ー40年】
ここに高村光太郎の詩「最低にして最高の道」が上げられている。
もう止さう
ちひさな利欲とちひさな不平と
ちひさなぐちとちひさな怒りと
そういふうるさいけちなものは
ああ、きれいにもう止さう
で始まるこの詩にはその時一世を風靡していた「翼賛」「国体」という言葉を一切使わずそれらのエッセンスを完璧にとりこんだものだった、と筆者は書く。
前にも記された吉川英治と吉屋信子の会話のように「小さなことは気にせず大きな希望を持とう」というニュアンスだがそれが持っている意味がどういうことであるのか。
【第11章 大政翼賛会とは何だったのか 1938ー40年】
本章でも一つの権力が大きく働いてしまったのではなく人びとがそれを支持したのだということが語られていく。
「大政翼賛会」というのは「日本を取り戻す」キャンペーンだった。
しかし同時にしぶとく「解放の時代」もまた生き永らえていく。
ここでもまたパーマネントのエピソードがある。
また戦時下の娯楽・遊興・観光ブームが上げられている。