
ネタバレします。
四 阪神間の文化と神戸
谷崎潤一郎は原稿として四国から取り寄せた和紙に罫を馬楝で摺り込んだ自家製のものを使っていたという。
挿絵画家は芦屋の海辺に住む小出楢重。
阪神間文化のあらわれだと川本氏は記す。
小出楢重は昭和二年の随筆に阪神間モダニズムとして「素晴らしく平坦な阪神国道、オートバイの爆音、高級車、スポーツマンの白いシャツ、海水着のダンダラ染め、シネコダックの撮影、ゴルフの紳士、登山、競馬、テニス、野球、少女歌劇、家族温泉」などを挙げている。
谷崎はかつて住んでいた横浜の山手と共通する雰囲気のある港町神戸に惹きつけられたのである。
谷崎の愛妻・松子夫人には公認の若い恋人がいたという。和田六郎のちの大坪砂男である。
五 モダン都市神戸と谷崎の夢
『細雪』の中に何人かの「外国人」が登場する。
彼らは単なる飾りではなく姉妹たちとの交流が描かれる。
食事に招かれたり手紙をやり取りしたり贈り物をしあったり。
特に手紙のやり取りではそれを翻訳してもらうために他の人に依頼したりする。
昭和初期の特に純文学というジャンルの中でここまで外国人が描写された小説はあまりないのではないだろうか。
それもやはり実際にロシア人やドイツ人が住み暮らしていた神戸だからこそなんだろう。
余談だが手塚治虫の『アドルフ』にもユダヤ人パン屋の話が出てくる。
手塚氏も宝塚の人だからこそこうした設定が生まれる気がする。
ここに記されるのはユダヤ人ピアニストのレオ・シロタである。『細雪』の中でも彼の演奏会の描写がある。
(ちなみに彼の娘さんベアテはGHQ憲法草案制定会議のメンバーにもなって女性の権利のために尽力してくれた方だ。とはいえこれは1990年代になってから知られたのだという。確かにかつて聞いたことはなかった)
また末妹妙子が駱駝のオーバーコートを作るのは「ロン・シン婦人洋服店」である。
ここは谷崎が贔屓にしていた隆新(ロンシン)という中国人が仕立てをする。
神戸生まれの淀川長治の随筆にも神戸のハイカラさが記されている。
『細雪』姉妹はこのような世界に住んでいる。
六 神戸で映画を楽しむ蒔岡姉妹
幸子と雪子は「ほとんど二日置きぐらいに連れ立って神戸で出て、奮い映画や新しい映画を漁って見、どうかすれば二つも見て歩いた」
それがたいてい洋画なのである。
『未完成交響曲』に感動した彼女たちは帰りの汽車で乗り合わせた若い下士官が歌い出したシューベルトの「セレナーデ」と「野薔薇」を唱和するのである。
現在ではちょっと考えられない(というかその頃では考えられたのか)光景である。
幸子は特にデュヴィヴィエ監督『望郷』に心奪われる。
小説の中で幸子はたびたび一人きりで映画を観るのだがその場所が「新開地」であるという。新興の元町・三宮ではなく次第にさびれてゆく新開地のほうが幸子の居る場所にふさわしいと谷崎は考えたのだろう、と川本氏は記す。
ここらもよくわからないが自分が知っている古びた町に重ねてみる。