
ネタバレします。
第5章──続き──
豪雨は五日の夕刻にやっと終わる。
アドルフ・カウフマンの家は無事だった。
(ちなみに谷崎潤一郎氏の家”倚松庵”も無事だったという。良い身分の人は良い場所に住んでいるということかな)
だが父は肺炎となり苦しみ何度も「きぬこ」とつぶやいた。
父が気づいた時にアドルフはそのことを告げると彼は否定した。
さらにアドルフが「ヒットラーはユダヤ人なの」と問うと身を起こして激怒した。
やむなくアドルフは木の穴から見つけた紙きれを差し出した。
父親はその字を書いた者の名を言えと叱咤し息子を殴る。
が、肺炎の身体はこの興奮に耐えきれず激しく咳きこんで病院へ運ばれることとなった。
今わの際カウフマンは部下のゲルハルトに息子が持つ秘密を知らせた。
次にカウフマンは妻と息子に声をかけるがアドルフはその時にも父が恐ろしかった。
父カウフマンは死んだ。
葬儀が済み、アドルフは母とふたりきりになる。
疲労した母をよそにアドルフは明るい笑顔を見せた。
「これからママはドイツ料理店をやったらいいよ」
どちらのアドルフもすぐ秘密を少しだけではあるがしゃべってしまうのがなあ。
そうすることで展開していくのではあるがイライラする。
とはいえ、アドルフ・カウフマンが秘密を漏らしていくことで嫌いな父親の死を早めたことになっている。
なんとなくアドルフは(意識していないにせよ)こうして父を死に追い詰めたようにも思える。
子どもの復讐である。
第6章
アドルフ・カウフマンはアドルフ・カミルに紙きれを見せる。
カミルは紙切れを破り「このことだけは絶対誰にも言わないでくれ」と頼みカウフマンは「ぼくは友だちを裏切らない」と誓う。
が、アドルフ・カウフマンが帰宅するとゲルハルトが待っていた。
「あの紙切れの文句はデマゴーグだ。犯人を言いなさい」と迫る。さらに「きみはもうすぐAHS(アドルフ・ヒットラー学校)に入学することになっている」と告げた。
アドルフは日本にいたいと母にも共感してもらい、カミルにも助けを求めるがうまくいかない。
やむなくアドルフはひとり家出を図るがついにゲルハルトに見つかり逃げ出そうとした瞬間ゲルハルトははずみで橋から下へと落ちて死んでしまう。
アドルフはもうすべもなくリンドルフに連れられドイツへと向かった。
一方カミル家はドイツ領事館へ出頭せよと命じられていたがカミル主人は絶対に応じようとはしなかった。
一巻・完
作品として読んでいるとこの時どうしてもっと反抗しなかったんだろう、とつい思ってしまうのだけど現実にはそういうことだらけなのだ。
その時はそれはわからない。
もちろん逆に「早くそうしとけばよかった」というのもある。
いえば、カウフマン父ももっと早く物心つく前にアドルフをドイツに送っておけばよかったのに、とさえ思う。
別にそれは何もおもしろくはないが。
一応読書済なので後のことを思えばこの時のアドルフ・カウフマンは純粋に「日本にいたい。アドルフ・カミルは一番の親友なんだ」と信じていたのだ。
しかし彼の性格を思えばこのまま日本にいたとしてもいつか歪んでいったのではないか、とも思う。
例えば同じ女性を好きになってしまうようなことからもそれは簡単に想像できる。

二巻に入る。
第7章
ここで峠草平が小城先生と出会う。
小城先生は峠勲の恩師なのだ。
小城先生は「アカ」の一員として行動している人物なのだが峠草平は弟・勲が信頼して「例の秘密文書」を日本へ送ったのは彼女ではないかと考えたのだった。
果たして勲の手紙を受け取ったのは小城先生であった。
そこには「アドルフ・ヒットラーにユダヤ人の血が流れている」という秘密が書かれているのだ。
そして峠はヒットラーがどうしてユダヤ人の血を受けているのか、という話をしていく。
その話がなんともお粗末である。
つまり富豪のユダヤ人の屋敷にドイツ人女性が召使として働いていた。
その時に彼女はその屋敷のぼんくら息子にレイプされてしまい、私生児を産んだ。
この時の子どもがアロイス・シックルグルーバー、つまりアドルフ・ヒットラーの父なのだ。
なので息子であるアドルフ・ヒットラーには四分の一のユダヤ人の血が流れているというのだ。
そこまではまあいいのだけどここで小城先生のモノローグで「あのヒットラー総統がユダヤ人だなんて、だれだって知りません」というのである。
ところで私は「ユダヤ人というのはユダヤ人の母を持つこと、あるいは正式にユダヤ教に入信した者」というのを聞いたことがある。
急いでwiliを見てもやはりそう記してあった。
であればこの場合アドルフ・ヒットラーはユダヤ人的にはまったくユダヤ人ではない。
とはいえ”ナチスの定義”では「ユダヤ人 = 両親・祖父母のうち一人でもユダヤ教を信仰したことがある人」となると書いてあるが何故小城先生がナチズムの定義で話しているのかよくわからない。
しかしそれでも祖父がユダヤ人であったというのは一般的にそう思うものということか。
私自身初めて聞いた時はちょっと驚いたもののその手段が「レイプ」ならばむしろ「祖母をレイプしたユダヤ人め」という怒りはあってしかるべきではないか。
だからといって民族丸ごとに復讐する理由にはならないが。
どちらにしても「ヒットラーの祖父が強姦によってユダヤ人である祖父になった」というエピソードは「ヒットラーはユダヤ人だ」という証拠としてあまりにも馬鹿馬鹿しい気がしてしまう。
まあ、本作でもこの秘密がそれほどの価値を持っているとは考えてはいないようだ。
それよりもこの「よくわからない奇妙な事実が記された文書」によって多くの人間が残酷に殺され拷問され翻弄されていく、ということに妙味があるのだろう。
いわゆる「マクガフィン」であると言ってもいいのではないか。プロットの進展に必要であるとされる「マクガフィン」の定義には合っている。
かくして弟・勲が書き記した「秘密文書」を探した峠草平はみごとに小城先生からそれを受け取るがそのためにさらなる困難に陥っていく。
立派な体格とマラソンで鍛えた脚を誇る峠草平は逃げて逃げまくることとなる。
逃げる途中で金を失い途方に暮れた峠は偶然由季江・カウフマンに遭遇し一円を借りる羽目になる。
こうして由季江と峠が出会うのだ。
一円を渡してすぐふたりは決別するのだが。
そのまんま映画にできそうなストーリー演出である。
読みやすいことこの上ない。