ガエル記

散策

『アドルフに告ぐ』手塚治虫 その5

ネタバレします。

 

第15章

道が浜の小島で死闘を繰り広げ小船に助けられて戻ってくる。

満身創痍の峠の手当てをしてくれたのは小さな飲み屋をやっている女将であった。

 

峠は女性を惹きつけるフェロモンが多量に出ている男なのだろう。

大きな体格と実直さが感じられる男なのだ。

女将は以前の恋人を戦争にとられ峠にその面影を見ている。

 

だがまたもやここにランプが現れる。

彼は死んでいなかったのだ。

それどころか再び峠に叩きのめされても起き上がり峠をとことんまで追い詰めると言い去る。

峠は警察に捕まるが次に彼を救ったのは小城先生だった。彼女も小島の死闘から生き残ったのだ。

しかも彼女は秘密文書を見つけ回収していたのである。

だが小城先生はそれを峠には渡さずとあるユダヤ人(アドルフ・カミル)に預けると告げた。

 

峠は父親の遺体を確認にきた娘・三重子と再会する。

峠の様子を見に来た女将は三重子に嫉妬する。

「彼を渡してなるものか」

女将は峠に好意をみせたのだが引き留めることはできなかった。

彼女はそのまま小さな飲み屋に帰っていく。

 

第16章

仁川警部の居なくなった家に峠は戻り三重子とふたりきりの正月を迎える。

だがお屠蘇の盃も支えきれないほど峠の左手は使えなくなっていた。

そこに峠への召集令状=赤紙が届けられる。

しかし検査を受けた峠は不合格であった。

三重子は大喜びするが峠は一生左手は使えないと知り落ち込んでいた。

 

神戸三宮では小城先生がアドルフ・カミルと会っていた。

見張りの目があると予想していた小城先生は偽物の文書袋を渡し本物は駅の一時預かり所に置いていた。

刑事が偽物を奪い去った後、カミルは本物の文書を受け取った。

 

その直後、カミルは世界情勢を知る。

ナチスがポーランドを襲い殺戮を始めたのだ。ことにユダヤ人への摘発は狂気であった。

ユダヤ神学校の学生たちはからくも祖国を脱出しアメリカへ亡命しようとソ連の衛星国リトアニアに隠れアメリカへ亡命しようとしていた。

同胞としてその橋渡しをしようという話し合いが行われその任をアドルフの父、イザーク・カミル氏が引き受けたのであった。

そして上海にある犬塚機関という組織に頼み込み外務省に働きかけるのである。

犬塚大佐という人物がユダヤ人に理解と協力をしてくれる、という算段だった。

 

アドルフ・カミルはこれを知り小城先生から預かった秘密文書を父に見せようとする。

父・イザークがその袋を開けようとした時、奇怪な電話がかかってくる。ユダヤ人亡命者を増やしたくない人間からだった。

怒ったイザークはそのままユダヤ人協会に急ぐ。

息子アドルフは開かれなかった秘密文書の袋を見て安堵した。

もう少しで神と小城先生を裏切るところであった。

 

こうしてヒットラーの秘密が書かれた文書は誰にも知られず戸棚へとしまわれた。

もしその時、アドルフの父親が読んでいたら歴史も父親の運命も変わっていたかもしれない。

 

と書かれているが、そもそもアドルフ・カミルは父とユダヤ人仲間が「ヒットラーはユダヤ人の血を受け継いでいる」という噂をしているのを盗聴したことからいろいろな話が生まれているのではないか。

物証として確証できる、のではあるがすでに多くの人が知っていることであり、それで歴史は変わらなかったのだからここで読んでいても無駄だったのでは、とも思える。

実際この話が出回ってからも世の中が変わった気がしない。

それはユダヤ人自体が「ユダヤ人の母から生まれたのがユダヤ人である」という信念を持っているならそうではないヒットラーはユダヤ人ではないと思うだろうからだし、祖父がユダヤ人ならユダヤ人だ、というのがナチスルールならそれに従うのも嫌だろう。

 

どちらにしてもこの文書は読まれなかったが父親は知っていたのだ。

 

 

第17章

リトアニア共和国 

イザーク・カミルはマゲン神父と会う。

だが神父は自分や神学校の学生ではなく一般市民を救ってくださいと言い出す。

あくまでも神父を含め神学校の学生を救いに来たイザークはこの事態に動揺する。

さらに神父は難民や亡命者の中には質の悪い者もいるので注意してくださいと忠告する。

しかもその後イザークはスリにあってパスポートを失ってしまうのだ。

ドイツ領事館へ行くわけにはいかず日本領事館にすがろうとした矢先イザーク・カミルは不審者として逮捕されてしまうのだ。

 

 

アドルフ・ヒットラー学校ではアドルフ・カウフマンが厳しい訓練を受けていた。

彼は自分を純粋なドイツ人ではないと罵った同級生をやり返す。

 

アドルフ・カウフマンたち学生は強制収容所の見学へとむかい彼はそこで連行されたアドルフ・カミルの父イザークの姿を見つけた。

イザークも彼に気づき「身元証明をしてくれ」と頼み込む。

だがカウフマンは動かなかった。

イザークはそのまま収容所へと押し込まれていった。

 

アドルフ・カウフマンの懊悩が一層深くなっていく。

彼は三か月後ヒットラーユーゲントパトロール隊に編入される。

最初の仕事はユダヤ人の家や住人にユダヤのマークをつけることだった。

ユダヤ人の店を破壊しユダヤ人狩りに酔いしれた。

 

ある日、アドルフ・カウフマンはクライツ・ゲルトハイマー一家を締めあげた。

星のマークを胸に付けさせたのだ。

だがその娘エリザを見て彼は恋に落ちてしまう。

その日からアドルフ・カウフマンは彼女のことが忘れられなくなりいつも考えるようになってしまうのだ。

デートに誘い恋心を打ち明ける。

娘がヒットラーユーゲントの少年と付き合っていると知った両親は互いの考えを言い合う。

父親は「後で役立つ」といい母親は「騙されるわ」と反対した。

 

学校ではアドルフがフリッツから彼女のことでからかわれる。

その後、アドルフ達三名の学生は教官に呼ばれ忠誠度訓練を受けた。

それは収容所から運ばれてきたユダヤ人を射殺することだったのだ。

アドルフたちは純血ではないということで忠誠度を試されるのだ。

連行されたユダヤ人の中にアドルフ・カミルの父親がいた。

カウフマンはためらいながら彼を射殺し次いで女性を射殺した。

吐いた。

後のふたりも同じように行ったのである。

 

ずんずんと物語が動いていく。

峠草平の困難はいつでも彼が止めようとすれば止められる困難だ。止めないのは彼の人格ゆえだ。

だがイザークそしてアドルフ・カウフマンの困難はどうにも逃れられないものなのだ。

なんという恐ろしいことだろう。

ふたりともその血統ゆえにどうしようもない行動をすることになる。

 

しかし・・・逃げることもできた、のかもしれない。

その可能性はなかったのか。

だがそれは遠い未来から考えていることだ。

その時に、考えるのは不可能に思える。