
ネタバレします。
四巻に入る。
第21章
昭和8年9月6日
横浜港についたクイーン・エリザベス号からひとりのドイツ人が日本へ上陸した。
その名はラムゼイ。ドイツのフランクフルター・ツァイトゥング新聞社の特派員だった。
ナチス党員であり新聞記者である彼は幾つもの名前を持っていた。
彼は日本を深く研究し日本を知ろうとしていた。
ラムゼイはソ連情報部の第一級スパイであった。
彼の目的は日本がソ連を攻撃するかどうかを探り確かめモスクワへ報せナチスのソ連侵攻に対処させることだった。
ラムゼイに直接会えるのは日本人を含め四人だけ。
それから情報を集める下部メンバーは網の目のように組み込まれ互いは未知の人々であった。
そしてその一人が本多芳男、あの本多大佐の息子である。
本多大佐は無論息子を軍人として育てるために予科を受けさせようとしていたが芳男はわざと赤点をとっていた。
彼はラムゼイの連絡員ケンペルとして役立っていた。
父親・大佐の書類を盗み撮りしていたのだ。
ラムゼイのよく知られた名はリヒャルト・ゾルゲである。
一方、アドルフ・カミルと小城先生はなおも本多サチの身元を洗っていた。
彼女の遺体が埋葬されたのは慈念寺という寺であった。
僧侶に案内され小城先生はなんとしてでも手がかりをつかむため線香をあげに来るという若者に会いたかった。
彼岸の間交代で本多サチの墓を見張ることにする。
墓場は苦手だと言いながらカミルはやむなく小城先生の言いつけに従い墓を見張る。
程なく若い男が本多サチの墓に線香をあげているのを見る。
慌てて声をかけたが若者は逃げ出す。
カミルは追いかけ相撲の技で若い男を捕まえた。
男は本多芳男、本多サチの甥である、とカミルは確信していたが用心深く何故声をかけたのかと話し出した。
本多芳男は本多サチの甥であることを認めようとはせず苛立ったカミルは帰ろうとするが途中で酔った右翼男に「毛唐め」といたぶられる。
追いかけてきた本多芳男によって助けられカミルは傷の手当てのために本多邸に行く。
そこでカミルは芳男が父親の職務で満州で幼少期を過ごしそこで日本人がどのように中国人に酷い仕打ちをしたのかを目撃したかを話し、だからこそ自分は「愛国心」「大和魂」が嫌いだと打ち明ける。
だが、カミルが去った後、父・大佐は息子に「先ほどの男が落としたものだ」といって本多サチの写真を見せ「何者だ」と問う。
「神戸に住むアダムという男だ」と咄嗟に芳男は嘘を教えた。
大佐は息子に念を押した。
「この女をなぜ本多一族の戸籍から抹消したのか。この女がアカのスパイだったからだ。芸者に身をやつして情報を集めていた売国奴なのだ、ということを忘れるな」
第22章
昭和16年5月
主食が配給制になってからカミルのパン屋には毎朝行列が並ぶ。良心的なおいしさが定評だったのだ。
カミルはエリザに贈り物をして恋心を打ち明け結婚してほしいと告白した。
エリザは将来のことは父にまかせていると答える。
カミルはきっとお父さんにも承諾してもらうと告げた。
そこへ訪ねてきたのが本多芳男だった。
彼はすべてをカミルに話し、カミルの持つ「ヒットラーの秘密文書」をラムゼイに渡すと告げる。
カミルは喜び彼と共に小城先生の家へ向かうことにした。
彼らの話はカミルの母もエリザも全部筒抜けに聞こえていた。
勇敢なカミルの行動にエリザは感動し彼の頬にキスをした。
防火訓練をしながらまたも左手が動かなくなり苛立つ峠のもとに小城先生と本多芳男が訪ねる。
峠の世話をしていた三重子は現れた本多芳男を一目見て恋心を抱いてしまうのだった。
峠は建築工事場に隠れ家を見つけていた。
峠はふたりを招き入れる。
小城先生は名前は言えないがこの青年はラムゼイという秘密機関につながる人です、と紹介する。
あのヒットラーの秘密文書はもともと峠の弟・勲のものだ。
兄でありずっと秘密文書を世に出そうと考えている峠に許可を得たいとしてふたりは訪れたのである。
突如知った若者にすぎないが小城先生の紹介でもあり平和を望むというその若者を峠は信じることにした。
三重子は帰宅した峠に先ほどの男性は誰と訊くが峠は名前も教えられておらず三重子はへそを曲げる。
一方の本田芳男も一目見ただけの三重子に心を奪われていた。
預かった秘密文書を地に埋めながら三重子を思い出していた。
連絡員ケンペルとして手紙を書き、その後意を決して三重子に手紙を書いた。
それは池でボートに乗るというデートの申し込みだった。
ふたりは語りあいボートを降りると「ドイツがついにソ連と開戦」という号外が出ていた。
それを聞いた三重子は激しい怒りを見せる。
彼女の父親はドイツ人に殺されたのだ。
第23章
「ケンペル」こと本多芳男が連絡員「マラー」に当てて書いた手紙は特高に渡り彼の身に危険が迫っているのを本人はまだ気づいていなかった。
峠は三重子が本多芳男に夢中になっていることに心を痛めていた。
彼が「良い人物」であるのは確かだが、その思想と行動は危険であった。
芳男は今は無理でも戦争が終われば世の中は変わると言い三重子もそれを信じた。
だが芳男はすでにスパイとしての嫌疑がかかり警察に出頭するよう言い渡される。
まだ何も知らない父・大佐は息子・芳男に満州へ行ってさる高貴な令嬢との見合いを望んだ。
芳男はそれは日本人も漢人も満人も平等になった時だ、と言い去った。
翌朝、警察が本多邸の前で立ちはだかっていた。
大佐が問うと子息に逮捕状が出ているというのである。
大佐は自分で確かめたいと言って待たせ拳銃を持って芳男の部屋へ行く。
そして芳男に「スパイ行為をしたのは事実か?」と問うと「事実です」と答えが返ってきた。
大佐は息子の頭を撃ち抜いた。
警察は帰っていった。
自分の息子を撃ち殺すという家父長制の権化、そして人徳のかけらもないこの大佐に以前よりも怒りを持つ。
第24章
本多大佐の権力で芳男への調査は打ち切りとなり新聞記事にもならないことになる。
新聞社で事件を知った峠は三重子に事実を告げ励まそうとするが三重子は号泣しそのまま家を出た。
峠には簡単な置手紙を残した。
本多芳男の葬儀が行われた。
由季江は葬儀に参列した。
その帰り道、由季江は三年ぶりに峠に再会する。
昭和十六年、秋も深まった頃である。
第25章
東京拘置所にて、昭和16年10月24日独房から取調室に出ていたリヒャルト・ゾルゲはいつになく憔悴していた。逮捕から一週間目である。
ゾルゲは負けを認めたのであった。
だがゾルゲ事件によって日本の防諜対策がいかに甘いものかということが内外に露呈した。
日本が極秘に進めていた対米戦略計画はアメリカにつつぬけだったのだ。
アメリカ大統領ルーズベルトは日本の出方を先の先まで読んでいた。
アメリカ政府は東南アジアに進出した日本に対し突然日本人資産の凍結と石油の対日輸出停止を宣告した。そして和平条件として支那全土からの日本軍撤退を出す。
これに激怒した日本政府は対米交渉を打ち切り外交交渉を12月1日までとして成立しなければ対米戦やむなしとした。
開戦は12月はじめ最初の攻撃はハワイだろうとアメリカは読み、スケープゴートとしてハワイにおとりの戦艦を集めさせた。
日本は最後通牒を英訳しハル国務長官へ渡すための英文通告を作るのに酷く手間取る。
(なんでこんな・・・)
予定の時間を過ぎ、ハルに覚書を手渡す一時間二十分前、ハワイ時間12月7日午前7時56分真珠湾に第一弾が投下される。
これは国際ルール無視の大暴挙だとハルは怒る。
そして日本では大本営によって対米宣戦が知らされたのは8日の早朝4時半だった。
峠は由季江の住むカウフマン邸を訪れ彼女がドイツ料理店を開こうとしていると聞いたので雇ってほしいと言い出す。
由季江は大喜びですぐにも準備を始めたいと張り切った。
ここのエピソードは本作品の中でも最も和やかな楽しいものである。
高級住宅街に料理店を出すなんてと文句を言う近所の奥様連中に峠は開店のチラシを配り宣伝を頼む。
由季江は郷土料理を作って峠に味見させドイツ音楽のソリストを雇い生き生きと働いた。
そんな由季江を見て峠は「娘さんみたいにノッてるな」と感心する。
夢に向かって進む由季江に峠は惚れ込んだのだ。
が、開店当日すぐに訪れたのは「こんな贅沢な料理をだすなんて非常識だ。ナンジャモンジャ料理はやめてうどんかそばを出しなさい」という査察委員だった。
叱られて肩を落とし涙ぐみ由季江を峠は励ました。
由季江はピアニストにワルツを頼み、ふたりは踊った。
ふたりがしんみりと踊っていたのも束の間、再びベルが鳴る。
客だった。
さらにベルが。
コース料理が注文されワインが頼まれた。
由季江のドイツ料理店「ズッペ」に客が来たのである。
ここだけは凄く良い感じなんだよなあ。
ここだけ切り取ってほんわかゆるふわアニメにしてほしいくらいだ。
「戦争の中の西洋料理店」とか。美人ママのドイツ料理と朴訥とした大きな店員さんの。
ナチス親衛隊の息子は省略するしかないが。
近所のユダヤ人のパン屋さんはいいよね。ふっくらママと可愛いエリザもいるし。
誰か作ってくれないか。
いや長くは続かないのだけど、それだけにこんなに貴重な時間、空間はないだろう。