ガエル記

散策

『アドルフに告ぐ』手塚治虫 その9

 

ネタバレします。

 

第29章

昭和20年1月27日午後3時30分クラブ・コンコルディア

アドルフ・カウフマンは総領事と話し合っていた。

が、すでに総領事はドイツの敗戦を確信していた。

「あの伍長上がりの狂った男にいいようにかきまわされた千年王国もこれで幕が下りる」と言い放つ。

カウフマンは総領事は反逆者だと告げ大使館へ電話して逮捕させようとしたが電話は不通、東京は空襲を受けていたのだ。

 

カウフマンは自分だけはナチス将校として誇り高く生きると誓う。

その直後、ひとりきりのエリザと出会いカウフマンは再び結婚を申し込み「そうすれば君もアーリア人の資格が取れる」と伝える。

しかしエリザの心はカミルと決まっていた。

カウフマンはエリザの家族の手掛かりがある、と嘘をついて彼女を自宅へ招き入れた。

そして彼女をレイプしたのだ。

(カウフマン、ここまで女性に対してエリザ以外に何の興味もないのかというほどの描かれ方であった。狂言廻しと自称する峠がやたらとモテて関係性も持つのに対し彼よりも美形に思えるカウフマンがなにもないというのは手塚氏の怠慢なのかそれともマジでなにもない男性だったのか。

いわば本多大佐的な存在になる要素もあったのに・・・どこまでも虚しい男なのだ)

 

カミル宅ではアドルフが東京の空襲で神戸の危険を感じ母に「福知山線の奥へでもいこや」と促すが母は「父さんの帰りを待たなきゃ」と動かない。

(よそ者の自分は”福知山線”というとあの恐ろしい事故を思い出す)

戻ってきたエリザは部屋にすぐさま部屋に入りこんで出てこない。

アドルフの母は彼女から理由を訊きだし「帰り道に”手籠め”にされてしまった」ことを知る。しかしその男の名は言わない。

それを聞いたアドルフは「事故いうたかて犯された娘と結婚できるかいな」と苦しむ。

 

翌朝降りて来たエリザには「カウフマンのお店にパンを届けて」と頼むと彼女は悲鳴をあげて拒否した。

アドルフと母親は彼女を襲った男が誰であるかを知る。

 

第30章

アドルフ・カウフマンは任務である秘密文書を探し出すために義父である峠草平の部屋を荒らしまわった。

母・由季江はついにアドルフに「出て行きなさい」と𠮟りつける。

出て行こうとするアドルフ・カウフマンの前に立っていたのはアドルフ・カミルだった。

カミルはエリザを犯されたことに怒っている。

「おまえは俺たちの友情をぶち壊しただけでなくユダヤ人の誇りを踏みにじった」

「そんなものがあるか、下等な寄生虫に」

カミルはカウフマンだけはその言葉を言わないと信じていたのを裏切られヒットラーの秘密を吐き捨てる。

カウフマンはその文書はどこにあると問い詰めた。

カミルはナイフを取り出しカウフマンは木の枝を持ち喧嘩となる。

喧嘩はカウフマンが上回った。

母・由季江はカミルを庇い叫んだ。

「ここはドイツじゃないのよ。ユダヤ人や日本人を見下すことは許しません。それができないならママを捨てるか、ドイツを捨てるか、お決め!どうしてもドイツを選ぶなら今日限りママはもうおまえを息子と思わない」

「わかりました、ママ」という息子に由季江は泣きながら告げた。

「二度とこの家へ戻らないでおくれ」

 

第31章

昭和20年(1945年)2月4日

由季江は草平と語らう。

民族や人種で憎みあうから戦争で親子が引き裂かれてしまうんだわ。

 

民族や人種問題がなくとも戦争は起きる気がするが、少なくとも現在もそういう理由で起きている。

解りやすいからだけでなくなっても別の理由を作り出す気はする。

 

ふたりの前に現れたのは赤羽だった。

草平は由季江をひとり家に帰し彼についていく。

がらんとした不気味な建物の中にアドルフ・カウフマンがいた。

 

はっとして逃げ出そうとした草平を赤羽が殴りつける。

カウフマンは告げた。

「どうしても今日、例の文書のありかを吐いてもらう」

そう言ってドアを開けて見せたのは拷問を受けて横たわっている小城先生だった。

さらに後ろ手に縛られ血だらけになっているアドルフ・カミルがいた。

赤羽はすでに特高をクビになっていたが狂った頭でいまだに自分が特高であり取り調べをしていると思い込んでいるのだという。

カウフマンはそれを利用して拷問をさせていた。

煙草の火を押し付けるという拷問に叫ぶ小城先生に耐えきれずカミルはついに文書を本題大佐の息子に渡したことを打ち明けた。

彼は四年前に自殺した、ことになっている。

 

峠草平の表情で嘘ではないと判断したカウフマンは赤羽に後を任せ出ていく。

峠は赤羽を騙して叩きのめし鍵を奪って自分とカミルを解き放つ。

赤羽が執拗に起き上がってきた時激しい爆撃があった。

神戸爆撃がはじまったのだ。

 

瓦礫の中から起き上がったカミルは爆風で吹き飛ばされた峠草平と小城先生を元町町会の人たちに頼み火の海になっているという自分の町へ急いだ。

ブルーメンの看板が落ちているあたりは焼けつくされていた。

エリザは無事だったが母はすでに息絶えていた。

カミルはなおも爆撃を続ける米軍機に叫ぶ。

「おまえらの中にもユダヤ人がおるやろ。ようも同じユダヤ人を殺したな。最後に地獄の業火で焼かれるのはおまえらやぞ」

 

一方、助かった峠草平は由季江のところへ戻ろうとして止められる。

彼は肋骨四本と鎖骨が折れていたのだ。しかも鼓膜が破れ何も聞こえなくなっていた。

草平は泣いた。

悲しいのではなく耳が聞こえなくなっただけで助かったことにであった。

彼は横にいる小城先生に「いつかこの風景を子孫に書き残そうと思います」と伝えた。

 

第32章

1945年4月ベルリン

市の中心街はすでに連合軍の空襲で廃墟と化していた。

モントゴメリー元帥はライン河を突破し空挺二個師団がそれに加わった。

それより上流でもパットン将軍は一発の砲弾もせずラインを渡り切った。

一方、ソ連軍はさらに深く進撃して機動部隊のあるものはすでにベルリンからわずか二十マイルの地点まで接近していた。

そのころ、ヒットラー総統は官邸の巨大な地下壕で毎日を送っていた。

「第三帝国は失敗に終わった」と考えていた。

そこへルーズベルトの死が報じられアメリカ大統領はトルーマンとなった。

これを聞いたヒットラーは反撃を決意する。

真の敵は共産主義者とユダヤ人だということをトルーマンに理解させ、これをチャンスにソ連軍を叩き潰すと宣言する。

だが作戦の草案を書いて各将軍に配布するよう命じられたゲッベルスは自ら書きかけの草案を破り捨てた。

 

総統はエヴァに結婚を申し込む。

そしてゲッベルスらの立会人の前で式をあげた。

4月28日だった。

 

30日、ベルリンにソ連軍がなだれこんだ。

ドイツ側では脱走兵が相次ぎSSは片っ端から処刑した。

 

ムッソリーニがレジスタンスの手にかかって殺される。

 

ヒットラーは後継者をデーニッツ、ゲッベルスを首相にボルマンを党大臣に任命する。

これを聞いたボルマンは依怙贔屓だと怒る。

官邸を訪れたランプに「ユダヤ人をひとり粛清するのだ」と命じる。

それは外ならぬヒットラー総統のことであった。

 

遺言書をしたためエヴァとと共に自決しようとしていたヒットラーの目前にランプは現れる。

先に毒薬を飲んだエヴァの後を追おうとしていたヒットラーをランプは撃ち殺す。

 

遺言通り、彼の遺体はエヴァと共にガソリンをかけられ総統官邸の裏で焼かれた。

その直後ソ連軍が官邸に突入したがそれとわかる焼死体はついに見つからなかった。

 

最近になってこそその影響は薄くはなってはいるがそれでもまだその名は忘れられてはいない。

私が子供の頃はヒットラーは「悪者」の代名詞だった。

とにかく「悪」を描く時そのイメージはヒットラーと結びついたのである。

思えば日本人としては不思議ではある。

自分たちは「それとは違う」「私達は巻き込まれただけ」「戦争の足音が忍び寄ってきた、そして過ぎ去った」と描き続けてきたのである。

『人びとの社会戦争』という本が執筆され広く読まれるのはつい最近である。

だがこのタイトルも『人びと』とまるで他人事のようである。

なぜ『私達の』としなかったのか。

できなかったのだろうか。

まあ、本作の作り方にしても日本軍部でなくナチスを敵としている、のだから何をかいわんやである。

「特高」が悪人になっているのだが天皇をはじめ日本政府そして日本軍部を設定するのは難しかったのか、思いつかなかったのか。

そういえば手塚治虫が「天皇」に対する批判を描いた作品はあるのだろうか。

天皇は神、だと教育された世代にこうした批判はできなかったのか。

 

もしかしたら「火の鳥」も「天皇」のようなつもりでいたのかもしれない。

現在の若い人たちは『火の鳥』の「火の鳥」を「こいつが元凶じゃないか」というのだが私は初めてそれを読んだ時驚いた。

私も洗脳されていたのだ。

「火の鳥」は絶対神なのであって「こいつが元凶」と批判するものではない、と信じっ切っていたのだ。

 

『アドルフに告ぐ』は考える材料として面白い作品ではあるがなぜそもそもの元凶である「天皇・大日本帝国政府&軍人」そしてそれらを作り出した日本人に対しての批判にはならなかったのか、とは思う。

もちろんそればかりを言ってると作品が生まれなくなってしまうからではあるが、本作は今までの日本人思考のあまりにも類型的な作品だと思える。

 

日本人はそこには触れたくない恐怖がある。

私もそうだ。

誰もがおどおどと話している。

罰が当たるのだ。