1955年「日活」
そもそも自分が田中絹代出演映画を観たのはかなり後になってからだった。
それが『サンダカン八番娼館望郷』だったのもあって衝撃的な出会いだった。
とはいえ田中絹代が映画監督でもあったと知ったのはさらに後というか最近になってからであった。
配信があると知ってすぐにも見たかったがタイトルでやや尻込みしやはり乳癌を題材にしたものと知ってさらに怯え冒頭をやっと見たもののあまりの険悪さに結局中断したままになっていた。
今日本近代史特に女性の在り方について興味を持っているのもあってやはりこれは観なければならないと決意しました。
ネタバレします。
正直に言うと今の眼で見れば「ものすごく面白い、大絶賛」という感想をすぐに持つのは難しい。
ところが本作は公開当時封切り週は東京都内で第一位だったという。キネマ旬報では16位であった。
監督が田中絹代という有名女優であったとはいえこれは凄いことなのではなかろうか。
本作は田中絹代氏にとっては映画監督三作目。
とはいえ二作目までは木下惠介、小津安二郎などの男性映画監督に補助されてのものだったのだが本作三作目で彼女は自分自身で題材を選びそれが「女性にとっての乳癌」というものであった。
脚本も田中澄江という女性の手によるものでむろん主演も女性俳優である。
1955年=昭和30年という時代にこうした女性の作品は希少なものであっただろうしむしろ今もなお映画においてはそうである。
田中絹代は日本史上二番目の女性映画監督になるらしい。
一番目は『初姿』という映画監督坂根田鶴子氏と記されているがこちらはまったく知らないし彼女の場合はどうやら二作目はなかったようだ。
それは彼女の実力というよりも男性社会の中で映画監督というポジションを取るというのがいかに困難なことであるかと察せられる。
田中絹代氏は本作以降も三作品を製作している。
三作目からはいずれも女性主役であるようだ。
1・2作目は男性が主演となっている。
さて本作はタイトルからしてドキリとする。
それが「乳癌による乳房切除手術ゆえにつけられた」ものであると知ればより衝撃を受ける。
乳房は女性にとってシンボルである。
それは女性自身にとってだけではなく男性にとってはむしろ女性以上にそう感じているはずだ。
ヒロインは夫とうまく行かず夫の不倫もあって離婚するがふたりの子供がいる。
ヒロインは妻帯者の男性に思いを寄せるが彼はやがて死去する。
その後彼女の身体に異変が起きる。
彼女は乳癌だったのだ。
まだ若く美しいヒロインからその乳房が失われてしまう。
それは女性から女性としての美しさが失われてしまったら彼女はどうなるのか、という問いかけである。
また同時にそれはそのまま彼女の命の終りをも意味していた。
「もうすぐ私は死ぬ」という中で彼女は若い男性と知り合い、恋をしセックスをする。
また彼女にはまだ幼い子どもがいる。
その子供らへの愛情もある。
なのに彼女は病死して子どもたちと別れなければならないのだ。
田中絹代はなんという恐ろしい題材を選んだのだろう。
本作映画には女性の肉体の崩壊が描かれている。
それは加齢などという生易しいものではなくそのままの肉体崩壊だ。彼女は最も美しい肉体の一部を切除され彼女の身体から産み落とされた子供たちと別れなければならないのだ。
それでも彼女は若い男性と恋をし性交を求める。
そして彼女は死んでしまう。
美しかった肉体はもう存在しないのだ。
本作には「ロマンチックな気分」というものがまったく存在しない。
ヒロインには優しい夫や優しい恋人はいない。
彼女を愚弄する夫そして「もっと仕事をしろ」と追い立てる男だけだ。
そして彼女自身も思いやりのあるいたわりなどではなく男という肉体を求めるのだ。
あまりにも強烈に荒々しい作品ではないか。
こんなに鋭い女性描写の日本映画は観たことがない。
当たり前だ。
なぜならほぼ全部男性監督によるものだからだ。