ガエル記

散策

『月は上りぬ』田中絹代/脚本:斎藤良輔・小津安二郎

1955年「日活」

やはり気になって田中絹代監督作品第二作目を鑑賞しました。

今になって田中絹代監督映画を知って「なぜこれらの作品がもっと話題にならないのか」と歯がゆく思っています。

 

 

ネタバレします。

 

 

明るく生き生きとしている三女節子は二姉である綾子と雨宮を夫婦に仕立てようと奮闘する。

その策略は上手くはかどるが自分の恋心を操るのは難しい、というほのぼのした物語である。

 

田中絹代監督自身が「よねや」という女中さんの役で出演しているのも楽しい。

監督の映画出演はたいがい下手なものだけど彼女の場合は誰よりも上手いからw

 

東京から奈良へ疎開してきた家族がそのまま奈良に住み着いたものの娘たちは東京へ行きたいと願っている。

妻を早くに亡くし三人の娘たちが嫁いでいくのを静かに見守る老いた父親、といういかにも小津っぽい設定の物語である。

実は私は”小津嫌い”なのだが田中監督の味付けでその小津風味が和らいでいる。

 

暗号電報「3755」その返信「666」というミステリーが入り込む。

それらを解読し猛進する三女節子は相棒的存在で共犯者でもあった昌二が就職先を友人に譲ってしまったことを咎めてしまう。

昌二が東京で就職すれば自分も一緒に東京へ行ける、という思いからだったが昌二は「自分勝手ばことばかり考えるやつは嫌いだ」と言い放ちふたりは仲たがいしてしまう。

苛立つ二人だが寺の住職からは「若いうちは喧嘩でもなんでもやっておくもんだ」と言われる。そして「東京の仏教学校での英語教師にならないか」と勧められ引き受けることにする。

節子は昌二と仲直りしふたりで東京へと向かう。

 

意地を張り通さなくてほんとうによかった。

 

まったく知識がないのだが「お謡い会」の場面から始まり「マイクロウェーブ」の話題になるのがちょっとおもしろい。

家事で働く時も和装の長女と活発で洋装姿の三女の対比。

東京へひとり行ってしまったと思った昌二が襖の影に座っているのがおかしい。

 

その後、昌二は節子に「俺と一緒に東京へ行くんだ。飯も炊くんだ、洗濯もするんだ」と言うのが今の時代には、と思う人もいるだろうけどこれは単に言ってるだけだから。

「私たち、危ないとこだった」というのは確かである。

たぶんそういうので恋人たちはわかれてしまうのだから。

ここで仲直りできるかどうか。

 

そして長女の行く末を思いやる父親。

父と娘の謡いで幕は閉じる。

 

文芸の美しさを感じる。