
やましい気持ちを抱えながらも進んでみよう。
ネタバレします。
第2章 異形の神々が佇む村
───秋田の人形道祖神
日本古来の宗教観として「境界」というものがある。
そうした道の境目に立ち外から入り込もうとする者を塞ぐ役割を持つ神として「サエノカミ」という存在がある、という。
サエノカミは様々な信仰や存在と習合しながら「道祖神」と呼ばれ石仏、石神、御札、藁人形、注連縄などの姿を借りて日本各地に存在した。
なるほど、と思う。
ここで様々な人形の道祖神が紹介される。
表紙を飾る秋田・新沢の人形道祖神ドンジンサマはその中でも作者氏の心をとらえている。
またさまざまな藁人形が現れる。
これらもまた「消滅していくもの」として紹介されるのだが、待てよとも思う。
かつてのものが忘れられ消えゆくのだが人間そして日本人はそうした「人形」(この場合”ヒトガタ”と呼ぶべきだろうか)を忘れたわけではない。
むしろ現在は「ヒトガタ」であふれている。
様々なフィギュアは次々と創作されている。
人間そして日本人は「ヒトガタ」無しでは生きていけないと言ってもいいほどだ。
ただ素材が藁や樹木あるいは石などの自然の中から取り出すしかなかったのが人工物であるプラスチックなどに代わっただけであるだろう。
藁という素材がいかにいろいろな造形ができるとはいえ合成樹脂にはかなわない。
そうした新たなる素材を使い人間あるいは日本人はやはり今でも守り神を作り出しているのではないか。
その意味合いもまたさまざまである。
多くは「現実」との境目から守ってくれている気がする。
あの巨大なガンダム像はまさに守り神として存在しているはずである。
なので「異形の神々」は今もなお変化して存在し続けているのではないか。
そんな考えにたどり着かせてもらえた。
第3章 死者の婚姻
───東北と雪の死生観(山形・青森)
「死が近い」と道民氏は書く。東北地方、特に青森県を中心にした北東北にそんな感覚に包まれるという。
私は東北に行ったことがないので(というかほとんどどこにも行ったことがない)その感覚を想像するしかない。
たとえるなら、青森県にはまるで「日本の夏」の空気感が常に滞留していると感じる、のだという。
道民氏は夏という季節には生命活動まっさかりでありながら同時にもう帰ってこないものや過去への懐かしさや悲しみに近い郷愁の念が湧く。
この感覚は私も非常に強く持っている。
ここまで反抗してばかりだったのが突然の共感である。
生物がもっともエネルギーに満ちている夏、すべてのものの繁殖の季節である。
その熱量の中になぜか私たちは死の香を感じるのである。
カンカン照りの陽炎と青い空の向こうに立ち上がる入道雲になぜか悲しみを感じるのだ。
夏は影の濃さのゆえに「死の香りがする季節」だという道民氏に賛同する。
東北の風土とはいうなれば「人の力」が及ばない世界だという。
むろん多くの場所で人の力は微弱なものではあるが東北ではさらにそうなのだろうな、とは想像できる。
ここから道民氏は東北に起きた「大飢饉の言い伝え」を記していく。
私とてこの恐ろしい話はもう何度も読んだものだ。
それでもなお恐ろしい。
江戸後期に発生した日本近世最大の飢饉は東日本を中心におびただしい犠牲者を出した。
その理由は道民氏も書いているが、江戸時代が地球規模で寒冷期にあったからだ。
だが深刻なのは日本という国が米を主食とし同時に米そのものが「お金」であるというシステムを作り出していたからに違いない。(これも記されている)
が、これは理不尽なシステムであった。
日本という南北に長い島国にあって南方は稲作に向いていたであろう。
そもそも日本という国には弥生時代に稲作が大陸からもたらされたものだという。
その入り口は九州であったはずだ。
九州の気候風土ならば稲作に問題はなかったろうし、なんとなれば二期作すら行われている。
しかし東北の気候では稲作は不向きであったろう。
それを「日本国では米を通貨とする」というシステムに仕上げた江戸時代の不可思議さについてはこれから勉強していかなくてはならないと思っている。
江戸時代が二百六十年ほどの長きにわたったからこそなのか。
それでも江戸時代のはじまりに東北がどのような状態だったのか、なにもかも知らないと気づく。
怒りと疑問が湧きおこるなか、次回に続く。