
ネタバレします。
第3章 死者の婚姻
この章についてもう少し書く。
この世の災害で恐ろしいものは数あれ、自分はこの「飢饉」という文字が一番怖い。
私は少食の方だろうと思うが一食でも抜くことができない。たちまち具合が悪くなってしまうのだ。
それが何日も続くなど考えたくもない。
ましてやそうした人々がうようよと存在し互いをいつ喰らおうかと考えているなどそれ以上の地獄があるだろうか。
しかしそんな地獄があったのだ。その記録を読むのはどんなホラー作品より震えがくる。
道民氏は東北は開発が先延ばしにされ改善されないまま昭和恐慌へとつながっていく。
ここで筆者は陸軍青年将校の二・二六事件を持ってくるが先日読んだ『人びとの社会戦争』で描かれた「東北の惨状から身売りされる娘たちは都会へ行くことを望んでもいた」という話はこの章を読んだ後では「そうなって当然だ」という気持ちが強まる。
同じく死ぬのならもう少しご飯を食べたい。
「死霊結婚 冥婚の風習とムサカリ絵馬
この章のタイトルは「死者の婚姻」だったがあまりに大飢饉の話が恐ろしくて忘れていた。
東北地方の一部には特に幼い子どもや若者を亡くした遺族が行う不思議な葬送儀礼があるらしい。
「既に死亡した者があの世で架空の人物と結婚する「冥婚」すなわち死霊結婚の風習だ。という。
現在の我々はそうした儀礼を家族を亡くして残された者たちの心の癒しと考えがちだが実際には遺族たちは自発的にしたわけではなくそれを勧めた宗教者が介在している事例が多いという。
この辺りの話は以前読んだ『増殖するシャーマン』の中で語られるシャーマンの話に似ている。
過酷な生活の中に居る時、人はより過酷な選択をする。
第4章 最後のイタコに会いに行く
───死者の口寄せと実像のイタコ(青森)
イタコの数が最も多かったのは終戦から1960年代頃だという。
資料によっては最盛期で300名近い数が存在したそれが高齢化による廃業や1970年代以降に新しくイタコとなる者がほとんどいなくなったことから年々数を減らす一方となり2025年現役のものは青森県下でもわずかに5人となっている。
道民氏は
われわれが知る「イタコ」とはメディアによって作られた虚像である
という。
そして道民氏は青森県に住む日本で最後のひとりになった伝統的なイタコ中村タケ女に会いに行く。
イタコは特別な霊能力を持って生まれた者がなるのではなく修行をしてなるものなのだと道民氏は綴る。
本来みな盲目なのだが視力を失った代わりに能力を授かるのではなく目が見えない者が生きるための道として「イタコ」にならざるを得なかった者たちなのだ。
決して自ら進んでなりたがるものではない。
だからこそ1970年代以降後継者が絶えるのだろう。福祉によってその道を選択しなくてもよくなったのではないだろうか。
道民氏は中村タケ女に「わたしが生まれる前に亡くなった祖父をお願いします」と伝える。
そして中村タケ女のホトケオロシを体験し「間違いない、イタコが霊を降ろしている」という感動を覚える。
今この言葉が祖父のものでもイタコの技でもかまわない、という熱い念が生じるのである。
ホトケオロシは終わり道民氏は中村タケ女に感謝を告げる。
イタコは超能力ではなく盲目の女性が生きるために必要な技能であった。
修行を介した就職だった。
だがそれによって多くの人が救われたのであろう。
そして今は別の「イタコ」が存在するのだと思う。