2011年「コロンビア・ピクチャーズ」
U-NEXTにまだライアンあったよシリーズ第二段。
しかも主演なのに表示されなかった、という恨み。気づいたからよかったようなものの。
ネタバレします。
ジョージ・クルーニー監督作品。先日観たライアンア・ゴズリング監督作品の夢幻を思わせる映画作品と対称的にリアル一徹な作品であった。
クルーニーと言えばリベラルな思想で民主党派であり政治的発言も明確というイメージの俳優である。
きりりとしたハンサムな顔立ちで大統領候補としては申し分ない自己キャスティングだ。
そのクルーニー=ペンシルベニア州知事マイク・モリスを民主党大統領予備選で当選させようと熱い思いを抱いているのが本作の主役であるライアン・ゴズリング=スティーブン・マイヤーズであった。
さてこの映画作品は観る人の試金石となるのは明瞭だ。
本作品で問題にすべきはどこか、誰か、である。
私にとって最大のクズはジョージ・クルーニー演じるモリス一択なのだが、とはいえむろんこの作品の主人公がモリスではなくスティーブンなのはそのクズを前にして人がどう考え行動するかが物語になるということなのだろう。
本作品はあまりにもシンプルで物足りないくらいだがその代わり非常に考えさせてもくれる。
登場人物はどう考え行動すべきだったのか。
この映画では二人の若者が「ミスをしてしまう」
ひとりは20歳(もしかしたら10代?)のインターン女性モリー。彼女は大統領を目指す知事モリスに誘われセックスをして妊娠してしまう。
ひとりは30歳のスティーブン。彼は民主党モリスの部下でありながら共和党陣営のマネージャー・ダフィから電話を受け「会って話がしたい」と告げられ”なぜか行ってしまうのだ”
モリーの中絶医療処置がなんだったのか私にはよくわからなかったがその後彼女は自殺してしまう。
そして主人公であるスティーブンもまたモリーと肉体関係を持ちその心理も作用して彼女を遠ざけようとする。
さらに自分自身の過失で職を追われてしまうのだがそれまで崇拝していたモリスに対し若い女性を妊娠させて自殺に追い込んだという脅迫をして職場復帰を強要しさらには自分の上司であったポールを追い出す。
怖ろしく後味の悪い嫌な映画なのだ。
ひとつにはあまり強調されてはいないが主人公スティーブンが最初はモリスを「理想の大統領」候補として崇拝しその人を応援することに喜びを感じていた彼が落胆し逆に彼を追い詰めていく様を見せつけられるからだ。
日本人なら彼に明智光秀を重ねてしまうかもしれない。
しかし最後の「本能寺の変」はないしただただ汚物を見せられていくだけの映画なのだ。
政界になど関わりたくないものだ。
本作を鑑賞してよかったのはフィリップ・シーモア・ホフマンを観られたことかな。
この個性、もう少し彼には生きて映画俳優として活躍してほしかった。