
続けます。
ネタバレします。
5 転落するお嬢さんたち
紹介される小説の中で一作品だけ知っている。『霧の旗』である。
それにしてもこの本は凄まじい企画である。
ひとりの作家を分析していくという評論は数あろうがそれが松本清張のような膨大な作品のものである場合気が遠くなりそうだ。
前にも書いたが私は清張作品のほんの一握りというより一つまみを知っている程度なのでこの企画の恐ろしさを感じてしまう。
松本清張を分析するというこの怖ろしい企画が成立したのは本作が『松本清張の女たち』という清張作品における女性描写それも社会の中でのジェンダー感として捉えていく、という区切りをしたことである。
ではあるが逆に全作品を読んでおかなければ「この作品の女性についての考察が抜けている」というクレームが出そうである。
やはり怖い。
この章では初期の松本清張がお嬢さん探偵ものを書いた時期(1950年末頃から60年代初頭にかけて)の後期に重なるようにして「転落するお嬢さんたち」が書かれていったとする。
陰影の薄い幸せなお嬢さんを書くことによって溜まるフラストレーションを「お嬢さんを転落させること」によって晴らしていったのではないか、と酒井氏は書く。
『霧の旗』を知っている私としてはここは「ああそういうことか」と理解できてうれしい。『霧の旗』のヒロインのあまりにも思い切った行動は衝撃だったがそうした「脱お嬢さん」の気概として表現されたのだ。
ところで私の勝手な憶測にしか過ぎないがかつてのつまり昭和期の日本の小説は「セックス」のことしか書いていなかったのではないか、という印象があった。
ゆえに私は日本の小説、というのを極端に忌避していたように思う。
今回、酒井氏のこの章を読むことで少し証明された。
それにしても清張の女性誌小説においては、乱倫女性が目立ちすぎではないか、と思う人もいようが、そこには時代背景も関係していたと思われる。1960年代の日本は、一種のセックスブームと言える状態にあったのだ。
そして松本清張は良くも悪くも自分の意志を持って堕ちていく女性たちだった。
6 「婦人公論」における松本清張
ここで再び『霧の旗』登場。
松本清張にとってこの作品は特別なものであった、と酒井氏は書く。
清張は都会的でスマートなヒロインが登場する以前の大ヒット作品『波の塔』ではなく熊本から上京し泥臭い生き方をしていく『霧の旗』のヒロインにこそ自分を重ねたはずだ、と。
これは(『波の塔』は知らないが)その通りだと思う。
私は映画で『霧の旗』を知ったのだが倍賞千恵子演じる九州出身ヒロインの片意地の強さに圧倒された。
横紙破りと呼びたくなる行動は田舎出の貧しい女が意志を通すにはそれしかなかった。清張は彼女に同化して書いたのだろう。
ここでも清張は様々な先駆者となっていく。
女性誌における「殺す女」そして「地方出身お嬢さん」である。
7 姦通をサスペンスに
姦通。
この題材は今現在はどういう扱いなのだろうか。
むろん姦通というものが今はない、という意味ではない。
しかしここで書かれている「姦通」が当時の世相ー妻は夫の所有品であるーという価値観がほぼなくなった現在において反逆という意味でのもしくは興味という意味での「姦通」は失われてしまったはずだ。
つまりこの頃には「姦通」以外の娯楽がなかったのではないかと考えてしまう。
むろん「セックス」そのものが娯楽の女性もいるだろうし夫以外の男と特別な関係になることに愉悦を覚える女性もいるだろう。
とはいえそれがそれほどのスリルや快楽を持っているという気がしない。
「昭和期はセックスが娯楽であり刺激であり得た」
退屈な気がする。
8 社会に向ける視線
本章でまたもや衝撃の事実を知る。
松本清張の関わること、衝撃ばかりすぎてもはや怖い。
それが「『スチュワーデス殺し』論」である。
なにも知らなかったので『スチュワーデス殺し』論とは何ぞやと思ったのだが実際におきたスチュワーデス殺人事件のことであった。
この項は松本清張が「高等小学校」(=現在の中学校1,2年相当)卒という学歴をコンプレックスとしそれを払いのけるための闘志が心の支柱になっていた、という記述から始まる。
それが「スチュワーデス殺し」論とどう結びつくのかと言えばこの「実際に起きた奇怪な殺人事件に対し松本清張の推理力が社会の中で認められていった、ということにあったのだ。
ここで面白いのは時の人である松本清張氏の低学歴には諸々の男性雑誌からは触れ難い事実だったのを女性誌である「婦人公論」は過度に遠慮することなく清張のコンプレックスにするりと近寄ったのではないか、とされるところだ。
とはいえ「婦人公論」の編集者たちが女性だったというわけではないだろうが読者が男性か女性かで許容度が違ったといえるのだろうか。
そしてそこを突いてきた「婦人公論」の痛い槍を堂々受け止める清張氏の強さを思う。
実際の事件について松本清張が語ると言えば『小説帝銀事件』が代表的なものと言えるが「『スチュワーデス殺し』論」はそれに続く作品であったという。
極めて政治的な背景を持つ「帝銀事件」と比べ「スチュワーデス殺人事件」は個人的な事件であったろうことからこちらは話題になることがなく私もまったく知らなかったのだが問題はどちらも人々が事件の印象を操作することにあるのだ。
「帝銀事件」では一人の人物を犯人と決めつけ、「スチュワーデス殺人事件」では一人の人物の疑惑を証拠無しに打ち消そうとする、対称的なふたつのどちらにも清張は疑問を投じたのだ。
その後に書かれた『黒い福音』は映画ドラマの配信がない為鑑賞は難しそうだが小説はすぐにでも読んでみようと思っている。
なぜそれほどまでに清張が「スチュワーデス殺し」に興味を示したのか。
これはその容疑者がカトリック神父である外国人男性であるからだ。
スチュワーデス殺しの被害者は乳児院で子供たちの世話をしている時にベルギー人神父と親密な仲になる。そんな彼女が殺された事件が迷宮入りとなったのは当時の日本の「弱さ」のせいだったのではないかと清張は考えていた、と酒井氏は書く。
これは他の清張作品でも見られる。
私が読んだものでは『「もく星」号遭難事件』がある。
敗戦後の日本は被占領中で日本人による自主的航空運営が認められていなかったためアメリカの機体を借り運行も委託している状態だった。(そんなことも無論知らなかった)その中で墜落事故が起きその後日本国の独立が回復し日本航空の自主運行も開始されるがこの事故の原因は不明のままに終わっている。
清張は敗戦後の日本がいかに弱い立場であったのかを憂いていたのだろう。
口を出せない状況の中日本人が命を奪われても見逃すしかない、常に弱い者の味方になる松本清張は貧乏人、女性、そしてここでは世界の中での日本の味方になっている。
その一方、被害者が宝塚市の小林聖心女子学院で学んだクリスチャンであったこと興味をそそる。
当時の日本人にとって「カトリック」はキラキラしたイメージを放つ言葉だったという。
折しも時はミッチーブーム。
現在の上皇后は当時皇太子妃として国民の憧れの存在だった。
美智子妃がカトリック教育を受けて育ったということは当時の国民にとってカトリックという言葉そのものが憧れであったというのだ。
(今はさすがにないのではないか)
そんな時期に起きたこの事件は意外にも女性週刊誌ではほとんど取り上げられていないと酒井氏は記す。
世はミッチーブームで沸き返りカトリックの陰を示すこの事件は邪魔な出来事だったのだろう、と。
そうした社会現象による事件の黙殺も松本清張の興味であったはずだ。