1963年「女性自身」光文社
松本清張唯一のSFが「女性自身」に掲載されていたというのがおもしろい。
つまりこれは女性向け作品なのだ。
ネタバレします。
普通におもしろかった。
ごめん、ちょっとだけ侮っていた。
確かに、SFはリアルであればあるほど面白いのだ。
松本清張のSFがつまらないわけがなかった。
Z国から東京に向けて誤射された5基の核弾頭ミサイルが着弾する瞬間までの「43分間」に起こる政府首脳陣の対応や人々の反応などの極限状況における悲喜劇を描き出すものである(wikiより)
この作品も先日の酒井順子氏の本で知って読みたくなったものだ。
清張唯一のSFと書かれたら読まないわけにはいかない。
しかも酒井氏が取り出していた「日本滅亡の時に男は女を激しく求め、女もそれを受け入れた。ことに人妻はそうであった」という意味の一節が気になっていたのだが案外その箇所はあっさりしたものだった。
そして私はうっかりこの作品をもっと短くまとめたアイディア小説的なものだと思い込んでいたのに松本清張のペンは191ページにわたっていたのであった。
wikiの中で高橋敏夫氏が書かれている「当時アメリカとソビエトの対立があった中でミサイルを誤射したのがソビエト側ではなくアメリカを中心とした西側諸国に属するZ国としたこと」という指摘にうなづく。
松本清張は幾度も繰り返しアメリカ軍が日本に及ぼした事件についての本を書いている。
それに対する日本政府の及び腰を揶揄してもいる。
本作ではアメリカ大統領が核ミサイルを東京へ向けて誤射したことを日本総理大臣に対して陳謝する。
それを受けた総理はその後のアメリカ側からの補償を確約する。
「もしこのようなことが本当に起きたのならば」という想像を清張は丹念に描いていく。
途中まではシリアスな筆致なのが最後にはまるで喜劇かと思わせていく。
最後に流す曲は何にするかで日本政府が苦悩するのがあまりにもおかしい。
「キリスト教徒が多数を占める国が羨ましい。讃美歌を歌えばいいからだ。日本はみんなで童謡を歌わねばならない。核ミサイルで死ぬという時に」
今ならばアニソンかなあ。
しかし選曲できずにツム。
ミサイル着弾まであとわずかの中で若い男女が「結婚式を挙げよう」という場面だけが清張氏には珍しい爽やかな味わいとなっている。
ところが!
なんと着弾時刻に人々は死ななかった。
不発だったのだ。
安堵する人々。
ああ、生き残ったのだ。
しかしこの恐怖の中で自殺した人、殺された人もいる。早とちりで命を落とした人々が多く居るのだ。なんということだろう。
が、ひとつの黒点が二十度の傾斜で進んできた。
松本清張やりおる。
きちんと見せ方を知っている。
・・・まあ今となれば恐怖は核ミサイルだけではないのだろうが松本清張ならばどの題材を与えて問うても「それならこうなる」と答えを出してしまうだろう。
なぜなら清張が書くのは人間がどう考え行動するかだからだ。