ガエル記

散策

『熱い空気』松本清張/「別冊黒い画集1」より

1963年「文藝春秋新社」

ここに収録されています『熱い空気』かの有名なTVドラマ『家政婦は見た!』の原作だということを先日記事にした酒井順子著『松本清張と女たち』で初めて知りました。

TVドラマをまったく観ない私ですらタイトルは知っている(主演が市原悦子だとも知っている)あの有名ドラマですがこれも私はまったくの未視聴です。

それもあってこの原作が松本清張作品とはつゆ知らずでした。

ちらりと内容を聞いて「おもしろいアイディアを考え付いたものだな」と感心していたのですがまさか清張氏のアイディアだったとは。

 

「家政婦」の視点で物語が語られているというアイディアの小説は幾つもありますが私が知っているのはイギリス、それも女性作家のものが多いでしょうか。

すぐに思い出すのはアガサ・クリスティ『パディントン発4時50分』

そしてエミリ・ブロンテ『嵐が丘』も家政婦が見たことを語るという形式です。

 

松本清張が創作する「家政婦もの」わくわくで読み始めました。

 

 

ネタバレします。

TV ドラマシリーズで大人気を博した原作がこんな短い小説だとは思いもよらなかったがその内容は確かにシリーズ化されてしまうだけのインパクトあるものだった。

 

私は何も知らずに読み始めたので主人公の家政婦河野信子はきっとイビリに耐えている辛抱強い女性なのだろうと勝手に思っていたのが信子はそんなひ弱な女性ではなかった、どころか最初から反抗的な性格だったのでおもしろくておかしくて痛快に読めた。

 

「家政婦もの」といえば筒井康隆『家族八景』の七瀬もある。

遠い記憶だけだが七瀬はおとなしい少女だったという印象がある。

とはいえ彼女はまだ十代の少女だった。

30歳を超えれば信子になるのかもしれない。

七瀬には人の心を読む、という超能力があったが信子にはそんなテレパシーなど使わずとも人の心を読んでしまう。

さらには人間のできる力で家庭を攪乱してしまうのだ。

 

TVドラマがどんな内容なのかはわからないが信子は「見た!」だけではない。

家族をそのままにしては置かないのである。

表面は取り繕っているが裏では信子を手ひどく罵る女主人を信子は許さない。

意地悪な三人のこどもたちを信子は許さない。

が、信子には優し気に話しかけ彼女を気に入っている様子のお婆さん(亭主の母親)を信子は一家への意趣返しの道具にしてしまう。彼女の耳を火傷させ入院を余儀なくしてしまうのだが信子は全く意に介していないのだ。

さらには信子には何も嫌なことをしていない家の主人も復讐の生贄とする。

信子の復讐心は異常なまでに膨れ上がっていく。

ここに至ってルース・レンデル『ロウフィールド館の惨劇』を思い出す。

これもイギリス女性の家政婦ものだった。(映画はフランス製作)

 

やや違うかもだが長谷川町子『意地悪ばあさん』のようなテイストも感じられる。(信子が意地悪ばあさんという意味)

また高野文子の『二の二の六』の高齢者向けホームヘルパーの話も思い出す。

高野文子のこの短編は特別何かが起きたわけでもないのに読後感が非常に気持ち悪いのはヘルパー女性が仕事に行った先の人の良さそうなお婆ちゃんの息子氏が物凄く気持ち悪いからだ。

とはいえその息子の気持ち悪さは頭の中で考えたことだけの描写で終わっておりなんらかの実行はされない。

痩せぎすでやや冷淡なこの男性はとある事情で女子高校生を自宅に呼んでいてできるものなら肉体関係を持とうとしている。

一方その家に思いもかけず自分の老母へのヘルパー女性が訪れていたことで女子高生はたじろぎ中に入らず帰ってしまうのだ。

それと知らない男は「やはり無理だったか」とあきらめその代わりに綺麗でも若くもない(と男は見る)ヘルパー女性に声をかける。

ヘルパー女性は「お断り」して帰る。という物語である。

高野文子は松本清張『熱い空気』を読んだだろうか。もしくはTVドラマを。

清張のどぎつい内容とは違い『二の二の六』は現代的なあっさり感がある。それでも気持ち悪い。

ましてや1963年の松本清張による『熱い空気』のおぞましさは本当に寒気がするものだ。

むろん誉め言葉である。