1959年6月~8月「週刊朝日」
昨日のどろどろ男女妄執劇とは違う本格的なミステリー物というのか。とはいえしっかりどろどろも混入している。
本作もまた六回もTVドラマ化されているという。
日本テレビドラマ界は松本清張なしでは成り立たないといえようか。
ネタバレします。
七月二十八日午前十時ごろ、という書き出しである。
三人の少年が多摩川の川原に跳ねるように走りおりた、とある。
夏休みも始まったばかり、早起きした子どもたちが意気揚々と遊ぶために繰り出した光景が浮かぶ。
清張の筆致はいつも絵となってすぐに目に浮かんでくる。そこからもうドラマの中にはいりこんでしまうのだ。
さらに少年はここで防止のために張ったワイヤーが切り取られているのに気づく。
日常の遊びの中に小さいが異質な何かが生まれたのだ。
それでも野球ごっこを始めた少年たちだったがそれたボールを追いかけた先に男の死体を見つける。
少年たちの日常は壊れた。
以降は捜査の話となる。
被害者が両手両足を縛られビニール紐を幾重にも巻いて絞殺されていることから「この残酷な殺害方法はかなり深い怨恨だな」と刑事は最初に考えたのだがこれはいわゆるミスリードであった。
事実は「肉親による心遣いのある殺害だった」と変化するのだ。
それは首を締める時に長く伸びたうしろ髪を巻き込むと引っ張られて痛いので髪を避けて首を締める優しさがある、という推理である。
「殺すんだけど痛くしないように」という心遣いなのだ。
案外こういう心遣いからばれてしまうのだ。気をつけよう。
1959年舞台。
岡山・津山で神主をしていた40代男が東京で一儲けしようと企み2000万円近くの資金を持って挑戦したのだがうまく行かず資金をほぼ失って絶望する。
以前かけていた1500万円の保険金を目当てに「自死」を考えつくが自分の妻と姉には「自殺では保険金が下りないから自殺を手伝ってくれ」と告げて一連の「自死計画」を三人で実行する、という話である。
この計画というのは妻が行方不明になった自分を探すために上京したのだが街中で食事をしたり映画を観たり買い物をしたりすることで目撃者を作って殺害現場にはいなかったというアリバイを作る、というものであった。
だが最後に重大な問題が起こる。
それは「この保険金は一年後であれば自殺であっても支払われる」というものだったのだ。
被害者はその事実を見落としていたのか?
あるいは・・・実は被害者の妻は以前から浮気をしており夫が死んで保険金が入った後はその愛人と一緒になるつもりであった。被害者はそれを知っていて「妻が殺人犯で逮捕されてほしい」と願っていたのではないか・・・。
アリバイ作りのためにわざと目立つ行動をしていく、というプロットは他作品でもよく使われるものなのだろうがあまり目立つことを嫌う日本女性がこれをやるのは難しいのかそれとも逆にやりやすいようにも思える。
この事件は自殺幇助の事件であった。
よくもこんな話を次々とおもいつくものである、と思ったが「あとがき」を読むと週刊連載で大変だったらしい。
我々は「ふんふん」と楽しんで読んで時々「この話はうまくできていないな」とか愚痴を言うだけでいい。勝手なものだ。
作家の才能というのは計り知れない。
残酷な方法と思われたビニールひも