1959年12月「週刊朝日」
さすがにこれは映像化されていないようです。
いや、これも面白い筈です。
ネタバレします。
映像化されていない理由はなんだろうか。
佐賀県の田舎(あとがきによれば清張氏の妻の実家がある神崎町)が舞台で話し言葉がすべて方言で語られており、再現するのはなかなか大変そうだ。
これまでドラマ化映画化されてきた作品と比較すると地味である上になんとも「後味の悪い」話なのだ。
この「後味の悪い」はほんとうに「後味が悪い」のでかなりえぐい。
しかしこの話も清張氏が繰り返し書いてきた「生きづらい女性の物語」であり頼る者(つまり夫もしくは父兄弟ということだが)のない女性が生きていくのはこういう覚悟がなければならない、という非情な話でもある。
農村で女手一つで息子と暮らす斎藤島子は都会から来ていることもあって田舎では目立つほどの美人でもあった。
島子は農業ではなく「叺(かます)織」をして生活していた。
(初めて知った)
農村は何もない平穏な場所だったがそこでひとりの男が殺害されたのである。撲殺だった。
男は60歳くらいで頭はすでに禿げ上がっている(悪口をいってるのではなくここが重要なのだ)その頭を鈍器で殴られたのである。
六右衛門というその男はいわゆる雑貨商で農村の藁で作った叺や藁帚、蓑などを仕入れては他所で売り歩くという仕事をしていた。小狡いところもあったが重宝されてもいたのである。六右衛門は未亡人である島子に惚れ込んで言い寄っていたのだが島子自身は迷惑であった。
その六右衛門が殴り殺されていたのである。
刑事たちは六右衛門が最後に立ち寄ったという島子を怪しむが問題は撲殺に必要な「凶器」がどうしても見つからないことだった。
刑事たちは島子の家を訪ね美味い餅入りのぜんざいをご馳走になり彼女を警察署へと連行したのだが何もわからないまま彼女は帰された。
事件はついに未解決のまま終わってしまった。
さてこの文章の中に「凶器」が登場したのだがおわかりだろうか。
刑事たちがさんざん探した凶器は「餅」だったのだ。
餅はつきたての時は柔らかいが時が経つと石のように固くなる。
しかもこの地方では「海鼠餅」といって餅を棒状にして保存していたようだ。
島子は棒状の固くなった餅を凶器にして六右衛門の禿げた頭を撲り殺した。
そして刑事たちはその餅を入れたぜんざいを美味しいと言って食したのである。
うわああああ。
このトリックは元ネタがあるのだがそれを「餅」として食わせてしまったというのはかなり凄い。
それとやはり感じるのは清張氏の優しさである。
松本清張作品はここまで読んでいる中で常に「勧善懲悪」「因果応報」を核としているが本作の島子は罰されない。
むろん、この後、刑事がどうしたのかは描かれていないが私はたぶんそのままだったのではないかと思う。
息子を抱えた未亡人に言い寄る不埒な男は殺されてもやむなし、と清張氏は判断したのである。
それと、この話は松本清張氏が神崎で仕入れた藁帚を売り歩いた実体験からのミステリーになっている。
さすがに藁帚ではなく叺という品物になっている。叺(かます)とはなにか、まったくわからなかったので検索してみた。
穀物や肥料、塩などを入れるための袋状のものである。
佐賀は稲作がさかんなのでこうした藁で何かを作るのが産業になっていたようだ。
また竈に使う「薪」が凶器にならなかったのは山が遠い場所で燃料がほとんど藁であったためらしい。