ガエル記

散策

『花の生涯〜梅蘭芳〜』陳凱歌

2008年12月「中国電影集団 中環国際娯楽事業股份有限公司 英皇電影国際有限公司」

 

アマプラKADOKAWAに加入してしまったので何かないかと探していたら本作に出会いました。出会うというよりも再会です。

私は一時期中国作品に埋没していたのですが本作品もその時に鑑賞していました。

一度(というか何度かですが)観たものなので迷いはしたものの鑑賞したところかつてこれほど感動していただろうか、というほど心を掴まれてしまいました。

 

 

ネタバレします。

 

 

本作を鑑賞して感動した、と書いたなら必ずや同監督の「それでは是非『覇王別姫』をご覧ください」というコメントをもらいそうだがご心配なくそちらはもうすでに数えきれないほど観ているのである。

さらに言えば『覇王別姫』のほうが作品として面白く私自身も大好きなのだがそれゆえに以前本作を観た時には物足りなさを感じてしまったのだ。

 

奇妙なことに鑑賞者としては本作品という試作品を経て『覇王別姫』を作ったように感じられるのに、実際は『覇王別姫』は1993年製作公開であり本作はその15年後に作られたという事実である。

チェン・カイコー監督の才能は正直に言えば四十一歳の時に作った『覇王別姫』の時点がピークでありそれ以降は次第に下降していったと感じてしまう。

とはいえそれだけでも凄いことには違いないのだと書いておきたい。

 

では『覇王別姫』と『梅蘭芳』の違いはなんだろう。

『覇王別姫』は言うまでもなく覇王別姫であった程蝶衣を描き切った作品であるが本作では同じ立ち位置の梅蘭芳の心の中には全く入りこまない。

本作の梅蘭芳が何を考え何を目指しているのかはわからないのだ。

『覇王別姫』は彼女になりたかったという蝶衣の視点で語られるが『梅蘭芳』では女形役者梅蘭芳を見つめるひとりの男邱如白の視点で語られている。

それまで京劇に興味のなかった邱如白は若き梅蘭芳の劇を一目見て虜となりそれまでの地位を捨てて演劇界に入り込んでしまう。

 

『覇王別姫』では同性愛の描写を明確にしていたのに本作『梅蘭芳』はそこを描いてはいない。

チェン・カイコーとしては自分の創作とした『覇王別姫』で蝶衣に同性愛の表現はできたが現実の存在である梅蘭芳とそのマネージャー(というのか?)である邱如白の関係を露骨に描けなかった、としか思えない。

が、私はそこを描かなかったとしても充分ではないかと思っている。

邱如白の行動がすべて物語っていると思うからだ。

 

これは「推し」を思い続ける者の映画なのだ。

邱如白は「推し」である梅蘭芳を特別な存在として崇め彼がその存在であるために自分の人生を捧げたが最期に彼はそういう存在ではなかったのだと気づく。

それでも邱如白はずっと幸福な夢の中にいた。

こんな幸福な人生はないだろう。