ガエル記

散策

「グッバイ・クリストファー・ロビン」サイモン・カーティス

 

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思いがけず良い映画でした。

クマのプーさん」の大ヒットのせいでクリストファー・ロビンのモデルとなった作者ミルンの息子が大変な思いをした、という話はすでに聞いていたのでさしたる感動は期待していなかったのだけどイギリス映画の醍醐味ともいえる皮肉っぽい抑えた表現が見ごたえありました。

美しい景色と上流階級の生活も作品に彩を与えてくれていたわけですが。

 

ネタバレありますのでご注意を。

 

 

男の子は戦争に行くから欲しくない、女の子がいい、と願った母親が生んだのは男の子。出産に酷い苦痛を覚えた(当たり前ではあるんですが)母親はそれもあって生まれた息子ビリーを遠ざけてしまいます。父親である作家ミルンは戦争体験がフラッシュバックして動転してしまう、という傷を心に負っています。

このことが最後に上手く絡んでくる、というのがなんとも実に上手い構成でありました。

 

作家ミルンはいかにも上流階級らしいというのか、感情を表に出さず息子ビリーは乳母(ナニー)の手で育てられることになるのです。

 

実の父母との関係が希薄で乳母と濃密な関係を持つ息子ビリーでしたが、作家である父親が挿絵画家と共同で児童小説を書くことを思い立ち一気に父と息子ビリーの距離が近まっていきます。

挿絵画家氏の愛らしいイラストの効果も相まり(あのプーさんと男の子の絵です)夢のように美しく牧歌的な映像にしばし浸れます。

子供に冷淡だった父と愛情薄く育てられてしまった息子がくまのぬいぐるみで心を通じ合わせることができた幸せなひと時でした。

不運だったのは時が戦後で人々が幸せにに飢えていたこともあり出来上がった作品「クマのプーさん」が大人気になってしまったことです。

本来なら幸運ともいえることですがもともと裕福だった作家ミルンにとっては経済というよりも自分の作品が認められ人気を博したこと自体が価値があったのだとは思うのですが、その途轍もない大ヒットで作者と登場人物クリストファー・ロビンのモデルである息子ビリーはそれ以後常に「クマのプーさん」から逃れられなくなります。

あの幸福な時間はわずかでした。

離れていた母親はこの人気に喜び、家庭に戻りますが作品の宣伝に浮かれているだけでした。ビリーにとっては再び父母の愛情から遠ざかることになり自分をいつもクリストファー・ロビンと重ねられファンサービスに駆り立てられる日々が続きます。

優しく辛抱強い乳母ナニーはそれに見かね、雇い主である夫妻に苦言を申し出たことでクビになってしまいます。

しかしクマプー人気はあまりにもミルン一家に負担を与えすぎ、ついにミルンは「クマプー」とは関わらない決意をします。

そしてビリーは全寮制学校へ。イギリスの上流社会らしい選択ですがなんとここでもビリーは「クマプーのクリストファー・ロビンめ」という激しいいじめを受け続けることになるのでした。

イギリスらしいといえばそうなのですが作家ミルン氏、どこか抜けていますよね。映画ではあっという間の演出ですがこんなひどい嫌がらせを受けないような別の選択は思いつかなかったのでしょうか。

そしてビリーは戦争へ行く決意をします。

 

この先はどうぞ映画を観て感じて欲しいです。

クマプーは確かにミルン一家に酷い仕打ちをしましたが、それだけではなかったのです。

でもそれはその体験をした人たちの優しい感受性が出した答えだと思えます。