ガエル記

散策

「ロリアニメは女性を恋愛不全にするか」Ⅱ

1971年にテレビ放送されたアニメ『ルパン三世』の峰不二子と1973年アニメ『キューティハニー』が現在のロリアニメと言われる幼女向けアニメの元祖であると思っています。

かつて他のアニメ作品に登場する女子はあくまでも主人公男子の介添え役か男性作家が女子はこうあるべきという可愛い顔を持った忍耐型というキャラクターでなくてはなりませんでした。勿論体型や服装も主人公の恋人や奥さんになるためには清潔でおとなしいものでなくてはなりません。

私はSFやアクションアニメが好きでしたがそこに登場する女性キャラ「ヤマト」の森雪「009」の003フランソワーズ・アルヌールなどおとなしい女性キャラに不満でした。この2作品は特に有名人気作でもありますからより不満も高まります。

 

しかも他の作品でも女性キャラの立ち位置というのはほぼこの2作品とほぼ似たようなものだったと記憶します。

そんな日本アニメ界に登場してくれたのが峰不二子キューティハニーでした。

二人の大きな特徴であり共通点は男を惹きつける可愛い美貌であり他のヒロインと比較にならないほどのダイナミックなプロポーション(大きなおっぱい、くびれたウェスト、跳ね上がったお尻)を誇っていることです。しかもそれを強調する衣服を身に着け長い脚をいつも見せつけてきます。現在ならさほど驚くことはないかもしれませんが当時の女子キャラとしては破格の造形でした。

さらに驚きなのは彼女たちの人格です。

それまでの男子につくす、かいがいしく援護する、いやなことがあってもじっと我慢するというような日本男に求められる忍耐女ではなく自分の意志を持ち、男に頼ったり守られたりするのではなく自分の力で戦う強さのある女子だったのです。

 

ところが驚きなのはこの二人の女子キャラが男子にはそれほど人気がなかったことです。

確かにエロキャラとして喜ばれてはいるでしょうが彼女にしたいアニメキャラとしては選ばれないわけですね。

むしろそういう話題になるのは「しずかちゃん」だったり後に出てくる「南ちゃん」だったりやはりおとなしい女子キャラなわけです。(南ちゃんは活躍してたよという反論はありましょうがキューティハニーよりはおとなしかったはずです)

 

キューティハニー峰不二子を賛辞したのは女子だったと私は思っています。自分がそうだったのです。彼女たちはそれまで「女子キャラは主人公の男子を盛り立てる役目」だったのを解き放ってくれたのです。

 

そして以降、幼女アニメに彼女たちのエッセンス(エロチシズムと強さ)が加わり出したのは確実です。

サリーちゃんやアッコちゃんにはなかった男を魅了するエロチックな要素と男を投げ飛ばす強さという要素と女子向けには必須の「魔法」という要素が交わりながら幼女向けアニメ(ロリアニメ)は成長することになっていったのです。

 

これから以降は、実をいうと作品自体を観ていないので適当にタイトルを並べてしまうことになるのですが、『セーラームーン』『プリキュア』はそういうエロ+バイオレンス+魔法を我が物にした女子アニメの代表作になるのでしょう。しかも初代『セーラームーン』ではまだしもタキシード仮面という男子の介助があったのが今では女子だけで戦うのだと聞きます。

製作はまだまだ男性の手によることが多いだろうと思えますから男性の欲求(こう出会て欲しい)というものも含まれてはいるはずです。それでもターゲットである女子(幼女)の要求はかつてより反映されていることは確実でしょう。

 

さてここでやっと表題の「ロリアニメは女性を恋愛不全にするか」の答えを探る作業となります。

 

かつてのアニメは製作者である男性たちの「女性はこうあって欲しい。こうでなくてはいけない」という思いから「可愛い笑顔のおとなしめな容姿。控えめな服装。わがままな主人公男子を支え励ましいたわりながら助言する。決して浮気をしたり愚痴を言ったりしない一途さで男子キャラが助けに来るのを待つ」女子キャラが描かれ続けてきました。

もちろん観ているのは男子だけではなく女子もそれを見て「こうあるべきなのだ」という刷り込みをされます。

ところが峰不二子キューティハニーのDNAを受け継いだ後の幼女向け女子キャラは可愛い顔ながらかなり奇抜な服装をし男の力などあてにせず仲良しの女子たちで助け合って敵を倒してしまいます。

つまり「男子キャラが助けに来る」ことを待っていたりしないのです。

それでもお洒落や美味しいお菓子などには目がなくて思い切り楽しむのです。

こうしたアニメを幼いころから観続けてきた女性はどうしても「男なしで女の子たち同士で助け合ってお洒落をしたり褒め合ったりしてるほうが楽しいよね」という刷り込みをされてしまう、という結論に至ってしまうのは当然なのです。

しかもこの場合、男子はこの女子向けアニメを観ておらず刷り込みをされていません。

 

さて男子はどういうアニメを観て育ったのでしょうか。

 

さてもう一度峰不二子キューティハニーに戻ります。

彼女たちは日本アニメ界の風雲女でした。

万事控えめでおとなしいそれまでの日本女性キャラに対し、迫力ある美貌と露出過多の服装の彼女たちは豈はからんや男子には怖ろしいものだったようなのでした。

ちょいと観る分にはよくても彼女にするには太刀打ちできない、というのが日本男子の本音だったのかもしれません。

そこで登場したのが『うる星やつら』のラムちゃんです。

彼女の外見はハニーと不二子を髣髴とさせますが、キャラ設定は違います。

どういうわけか、なんの魅力もないような主人公男子を「ダーリン好きだっちゃ」と連呼してつきまとうのです。外見はキューティハニーでも中身はしずかちゃん。これが日本男子に与えられた女子キャラでした。

しかもそれでも奇抜な服装がダメだったのかセーラー服で登場したりもします。

 

せっかく日本アニメ界にそれまでの女子キャラを破壊する存在が登場したのにもかかわらず、男子向けには人格の矯正が行われました。

外見は魅力的なので許すとしても男を蹴とばすような性格と張り合う気力は日本男子にはなかったのです。

更に現在「宇崎ちゃん」という女子キャラが話題になって知りましたが、彼女に至っては外見というよりおっぱいが大きいというだけで奇抜な服装も消え、普通の衣服となり、人格も男におもねったものとなっているようです。

 

これが男子に与えられた女子キャラの末路です。

 

 さてもう一度課題に戻ります。

 

「ロリアニメは女性を恋愛不全にするか」

もちろん答えはイエスです。しかし

「男子向けアニメは男子を恋愛不全にする」

でもあります。

 

女子は男子を必要ないという女子キャラアニメを観て育ちました。女子たちだけで助け合い楽しみ合うというアニメです。

 

男子は相変わらず男子に寄り添う女子キャラを観て育ちました。つまり女子を必要ないう男子キャラのアニメを観て育ってないのです。可愛い女子は男子を必要として寄り添うものとして学んでしまいました。

 

ここに歪みが生まれています。

女子は男子を必要とせず、男子は女子が寄ってくるもの、と信じています。

 

この歪みを直すことはできるのでしょうか。

幼児期にそれを観た者はもう無理かもしれません。

 

ではせめて次の世代では。

 

幼児期にどうしても見てしまう子供向けアニメに男女が互いを尊敬し合い助け合うものだというアニメを作ればもしかしたらうまくいくかもしれません。

片方だけではだめなのです。

 

しかし日本のアニメやマンガというのはどうしてもターゲットが男女に分けて作られておりターゲットが単純に好むものを作れば利益が上がる、という思考で制作されてしまいます。

果たして次世代の男女はどういうアニメを観て育つことになるのか。

男女の恋愛そして結婚そして少子化問題までもアニメ(マンガもね)は大きな責任があるのです。