ところで横山光輝先生と言えば登場人物特に主要キャラが似すぎていて見分けがつかない、とよく言われていますね。確かに多くの作品で主要キャラが極端に顔が違う、と思うことはあまりありません。本作で言えば玄徳タイプと曹操タイプは繰り返し使われていて他の人物もあまり造作を変えようとさえ思っていない気がします。
そんな横山作品の中で本作『三国志』は非常にキャラ造形の試みが行われたのではないでしょうか。
それとなんといっても「考え抜かれたんだろうなあ」と思うのが孔明です。
髭面というような極端なキャラではなく微妙な特徴が作り出されています。
恐ろしいほどの頭脳を持ちながら忠義心と優しさも併せ持つ。もちろん独特の被り物と扇と衣装によっても孔明という特別なキャラクターが造形されたのですが。
まあこんなことは読者は誰でもすぐ感じることでしょう。
そして横山『三国志』もまた孔明の登場によって特別な物語へと進んでいきます。
ネタバレしますのでご注意を。
孔明は劉琦の脅迫的とさえいえる懇願で春秋時代の重耳の物語を聞かせる。その話には継母に命を狙われた兄弟の運命が描かれていた。重耳はその災難から逃れるために自分自身が身を隠したのだ。
劉琦もまた遠い江夏に赴任したのだった。
その頃曹操は南方攻略作戦を練る毎日であった。
手始めに玄徳のいる新野を攻撃したいという曹操に側近のひとりが軍師孔明の存在を心配した。徐庶もこれに賛同したがこれに夏侯惇が真っ向から反対した。
一方その玄徳は孔明と会話する日々を送っていた。これまで武人とばかり付き合っていた玄徳にとって知識人孔明との会話はエキサイティングなことだったのではないか。
五十歳手前になって初めて脳を刺激する快感を得たのではないかと思うのだ。
これを関羽張飛は激しく嫉妬する。なにしろ自分たちでは孔明の代わりにならないのだ。「度が過ぎる」と関羽ですら目くじらを立てたが玄徳のわくわくを考えると無理だろうと思う。
知識欲求とそれが満たされる快楽ほど強い快楽はないのだ。赤子のように孔明の知性を貪っている玄徳。孔明もまたそんなに激しく求められることに快感を覚えたはずだ。
玄徳は魚が水を得たかのよう、というが赤子がおっぱいを得たかのよう、な気がする。
ここへ十万の曹操軍が攻め込んできたと報告がなされる。
慄く玄徳に孔明は「曹操軍の心配は無用だが問題は内にあります」と答える。孔明は玄徳の剣と印を授かり命令を下した。
抗う張飛に関羽は「今回だけは試みに従ってみよう」と言い含めた。
孔明の戦略は面白いように運ぶ。
意気込んで突撃してきた夏侯惇は趙雲によって深入りしていく。ここで前回の曹仁軍でも明晰さを見せた李典が忠告をする。「山川あい迫って草木の茂れるは敵に火計あり」
しかしその忠告は遅かった。
すでに夏侯惇軍は火計にはまっていた。
李典は救援しようとするがそこへ関羽隊が斬りこむ。
さらに張飛隊が加わり博望坡は一瞬にして阿鼻叫喚の渦と化した。
曹操の夏侯軍は壊滅と言ってよかった。
勝利に皆は酔いしれるが孔明は次の手を考えていた。
次は曹操自らが乗り込んでくる。そうなればこの新野の城では持ちこたえられない。孔明は荊州の城へ行けば曹操と互角に戦える、と進言する。
しかしここでまたもや玄徳の「いかなる禍に遭おうとも恩知らずと罵られるのよりはましである」が出る。
いったいなんなのこいつ。いやそこが玄徳なんだけども。
曹操は夏侯惇の惨敗も許した。そして五十万の大軍をして南方攻略の号令を発したのだ。
名もなき使者さん、足が速くてすてき。
効果線少ししかないけどすっごく動いて見える。
劉表は懸命に劉備玄徳に後継を頼むが玄徳は頑として聞き入れない。
やむなく劉表は長男劉琦を後継者として玄徳に後ろ盾を頼む。
これを聞いた蔡瑁は悪あがきを見せる。
父の危篤を聞いて戻ってきた劉琦を追い返し偽の遺言状を作って自分の甥である劉琮を国王として発表した。
そして曹操軍に和睦を申し出たのだ。
かくなる上は何を差し置いても玄徳は荊州城へと入り曹操軍と戦ってほしいと伊籍も進言する。しかしそれでも玄徳は「それはできぬ」の一点張りで「この上は新野を捨て樊城へ行こう」と言うのだった。
曹軍第一陣は博望坡に達した。もう猶予はならない。
孔明は厳しく命じた。
領民の避難を進めたのだ。
さらに明日の夕方から強い風が吹くと予想し城内に火をつけよと命じた。
孔明は天気予報にも優れているのだ。
お久しぶりの許褚。ぐっと美紳士になった。
敵兵が見えず紅い旗と青い旗が見えるだけなのを不安がる。
さらに
許褚おちょくられとる。
しかも岩石落としをされ鐘太鼓で惑わされる。
そして新野城に入るとそこはもぬけの殻。
曹仁はここで休憩し明日から追撃するとした。
夜、孔明の予報通り強風が吹き始めるや火事が起きる。火薬が仕込まれ辺りは火の海となった。
火がまわっていない東門へ進むとそこには趙雲軍が。
曹仁軍は命からがら河へと逃げのびる。そこには関羽軍が堰を作って待っていた。
河を渡りだした曹仁軍に堰が切って落とされる。
洪水となった濁流は曹軍数万を雑魚のように飲み干してしまったのである。
ふええ。孔明恐ろしや。
人数が少なくとも自然の力を借りて勝利する。中国の河の怖ろしさは日本人には想像つかないものだったと横山先生も語っておられた。
こんな軍師が敵にいたら勝てるわけない。
司馬懿が走ったのもわかるよな。
楽しすぎてやめられない。玄徳の気持ちわかる・・・