ガエル記

散策

この苦しい日々の先には何があるの?

今朝、電源を入れてもPCがまったく反応せずツイッターもこのブログも立ち上げることができず途方にくれました。

そういえば最近なんとなく反応鈍かったこともあってついに壊れたかと悲嘆にくれそうになった後もしかしたらこれマウスのせいか?と以前使っていた別のマウスに電池を入れてみたらスルスルと動くではありませんか。

 

教えてくれよー。

 

最近反応が鈍かったのもマウスがへたっていただけだったのでしょう。まったく油断も隙もありません。

まあまあ早めに気づけてよかったです。物凄くめげそうでした。PC買うの今無理。

 

そして相変わらずの日本政策にはより以上にめげまくりです。

PCR検査は意地でも増やさない。アベノマスク。GOTOキャンペーン。そして東京はGOTOHELL。続けとばかりに大阪は雨合羽対策に続きイソジン対策。

日本の政治家はコロナをなんだと思っているのでしょうか。ある意味楽しんでいるのでしょうか。ふざけているとしか思えません。

 

この先に何があるのかは誰もわかりません。

 

今国はワクチンと特効薬の開発を心待ちにしています。

それがあれば元に戻って再び経済を回すことができる、つまりはまた金儲けができる。ついでにワクチンでも金儲けができる、ということでしょうか。

しかしここでWHOはその可能性が低いことを示唆し「新型コロナのワクチンや特効薬を過度に期待しない方が良い」という警告を出しました。

この発言に対して批判する人も多いようですが逆に当然だとする人も多くいます。

毎年流行する風邪やインフルエンザの完璧なワクチンや特効薬が今もなお発明されてはいないからですね。

結局はそれらを怖れながら共存していくしかない、という道を人類は歩まねばなりません。

 

では新型コロナと共存するためにはどうすればいいのでしょうか。

極端な密集地域を作らないこと、「満員電車」という日本独特の方式をやめること、オリンピックのような一斉に人が集まるイベントはもう無理で少しずつ競技会を行う方がいいのでしょう。

仕事のやり方を変えていくこと。出来るだけ人を集めない。在宅と通勤を活用する。日本のIT事業を強化していく。ハンコ文化、ファックス文化は中止。

「変わらなければいけない」と言われてきたことを日本はずっと無視し続けてきましたが嫌でも変わらなければ死ぬことになる、という状況になってしまったのです。

「ウィズコロナ」

否が応でもやっていかねばならないのでしょう。

 

日本社会を変えていかなければコロナとは共存できないのです。