珍しい横山作品の女性表紙しかもふたりも。と喜んではいられない悲惨な構図。
ネタバレしますのでご注意を。
第1話「淮陰侯韓信」
前202年、劉邦は諸侯の要請で皇帝の位につき「高祖」と称し洛陽を都とした。
劉邦は皇帝になるためにあれほど多大な功績をあげた韓信を怖れ疎ましく思っていた。
韓信は斉王となっていたがその領地はあまりにも大きすぎる。かといってその功績に値する土地も思い浮かばなかった。
ここで張良・陳平のふたりは劉邦の気持ちを察して楚を勧めた。項羽の土地であり生まれ故郷に錦を飾る名誉を考えたのだ。
これに劉邦は賛同したが当の韓信には不満だった。それでも勅命を受けて楚王となりかつて韓信に愚痴りながらご飯をくれた老婆やまたくぐりをさせた男などを探し出させて謝礼を与えたのだった。
が、この時が韓信の絶頂期でありそれ以後韓信の運命は下降していく。
同郷ということで知り合った鍾離眜将軍が頼ってきたのを匿う。鍾離眜は劉邦が探し出すように命令を出していた人物だった。
韓信を妬む者も多かった。韓信は鍾離眜を匿っていることを劉邦当てに密告され謀叛の疑いをもたれてしまう。
結局韓信は鍾離眜に自害を求めてその首を劉邦に差し出したがその場で取り押さえられ投獄されてしまう。
だが韓信の功績があまりにも大きいのでやはり処刑をするには至らず王から淮陰侯となった。現代の知事のような地位である。
韓信は病気と偽って屋敷にこもるようになった。
がある時、劉邦の義弟樊噲を訪れた。
樊噲と韓信は今や同格となってしまったのだが樊噲は尊敬の念を持って臣下の礼を取った。
韓信の心はやり切れぬ寂しさに襲われた。
「項羽が天下を三つに分けて統治しようと言ってきた話を断り漢王に天下を取らせた報いがこの男と同格の侯とは」
(ううん、韓信ってやはり人格が高くはないんだよな。まあ普通の人間はそうなんだろうけどw)
悶々とした生活を送る韓信はついに陳豨将軍に志を打ち明け共に謀叛を起こそうと誓い合う。
鉅鹿に赴任した陳豨が兵を挙げ侵略を開始すると劉邦は自ら出陣していく。都は空となりそこで韓信が全ての囚人を釈放して都を混乱状態に陥れ呂后と皇太子を捕え留守居の兵を降伏させる、というものだった。
がこの打ち合わせを聞いていた召使は手柄を立てて今捕らわれている兄を救おうと呂后のもとに走ったのだ。
呂后は蕭何を呼んで事態を知らせた。蕭何は韓信相手に戦えるものではないとわかっているので劉邦が陳豨将軍を討伐したと嘘の噂を流してお祝いを述べにきたところを捕える策略をこうじた。
蕭何は韓信の屋敷に赴き「謀叛の疑いをかけられているのだからあえて参内した方が良い」と伝える。韓信は自分を上将軍に推挙してくれた蕭何だけは信用していたのでこの言葉に従った。
しかし参内した韓信はその場で捕らえられ呂后に「謀叛は召使によって知らされた」と告げられた。
韓信は柱に縛り付けられ斬り殺された。「ああ、蒯通の申した天下三分の計を用いなかったばかりに」というのが最期の言葉だった。
人々は「韓信は蕭何によって出世し、蕭何によってその生涯を閉じた」と語り合った。
第2話「禍、これより始まらん」
漢王朝を誕生させた功労者といえば蕭何・張良・韓信の三人が挙げられる。
ここで劉邦に仕え彼を皇帝に押し上げた三人の有能な男たちの物語が簡略に描かれる。
劉邦は農民から皇帝にまでのし上がった人間だが晩年は独裁者の多くがおちいった猜疑心の虜となり人に会うのもいやがったという。
そんな人間に疎まれずに生きるのはあまりにも難しい。この中でもっともスマートに処せたのは張良に思える。
蕭何もまた良い人で劉邦に仕えるための苦労がしのばれる。
韓信もまた良い人でもあるのだが振り幅が大きく苦悩する人生なので物語の主人公としてはやはり一番面白い。
第3話「後継者争い」
さてすべての英雄たちが悩み迷いほとんど成功していない後継者選びとその後の物語。
あの曹操も劉備も上手くいったとは言い難いし孔明だって素晴らしい後継者を残せたわけじゃないことを思えばこれはどうしようもないことなのかもしれない。
ましてや劉邦ができるわけもない。(物凄い偏見)
とにかく劉邦は女好きで知られているのですが秦軍と戦っている時に手に入れた戚姫に惚込んでしまいやがて男子が生まれ如意と名付ける。
劉邦は都を留守にする時も常に戚姫を連れ本妻である呂后は留守番役にすぎなかったと描かれる。
ところで呂后ってなんだ?って思ってしまったのですが、そうだった。劉邦がまだ故郷でくすぶっていた時、なぜか彼の人相に惚れ込み妻の反対を押し切って娘を嫁がせた父親の話、その娘さんは飲んだくれの劉邦の嫁となって一男一女をもうけ農作業に家事にと甲斐甲斐しく働いていたというあの嫁さんが呂后なのですね。それを思うと「もうちょっと大事にしろよ」と劉邦に怒りも感じますね。と同時にあの時の嫁さんがそのまま后になっていたんだ、と感心もします。(あの、項羽から故郷を取り戻し両親・妻と再会した時のあのままでいたのですねえ)
そのあたりは儒教的なものなのでしょうか。私はてっきり見捨てて良い所のお姫様と政略結婚でもしてたのかと思ってたんですが。
案外偉い。(というべきか)
とはいえ劉邦は糟糠の妻には見向きもせず戚姫とその息子如意を可愛がっていました。
ここで問題がおきるわけです。
皇太子はやはり本妻との間の男子がなるのが必定。しかし戚姫のおねだりもあり劉邦自身長男・盈よりこの如意が気にいっていることもあり大臣たちに盈太子を廃嫡し如意を太子にしたいと言い出す。
これに大臣たちが厳しく反対した。
この時は劉邦も折れて話を白紙に戻したが後に矢傷を受けて病弱になってしまった劉邦は再び如意の後継を強行しようとした。
張良は身内の問題としながらもある四人の聖人に盈太子の後見を頼めばその四人を尊敬している劉邦は引き下がるかもしれない、と助言した。
宴席で盈太子の後ろに四人の賢人がついたのを見た劉邦は「もはやどうにもならぬ」と引き下がったのだ。
劉邦は戚姫に「わしが死んだらそなたは呂后を主人と仰がねばならぬ」と告げる。
その後、劉邦の矢傷は悪化していった。
「わしが死んだあと、劉姓以外の者を王としてはならぬ」
劉邦の後を継いだのは十六歳の盈太子だった。恵帝となる。
そして呂后の戚夫人に対する復讐が始まった。
幽閉して首枷をつけ一日中米をつかせた。
その息子如意も殺そうとしたがそれを察した恵帝は寝起きも共にして彼を守った(ほんとうに優しい人だ)しかしぐっすり眠っている弟を寝かせてやろうと目を離したすきに弟如意は毒殺されてしまう。
そして戚夫人は呂后の命令で人豚にされ便所に落とされた。それを母親に「見てごらん」と言われた恵帝は衝撃で寝込んでしまい二十三歳の若さでこの世を去った。
第4話「呂后専横」
呂后の皆殺し政治は続く。
先帝の遺志に逆らい劉氏ではなく呂氏を皇帝とするのが呂后の狙いだった。呂后の力はすさまじかった。多くの人が命を奪われていった。
ある日、太陽が欠けていく、という現象が起きる。
「私が人を殺しすぎたせいだ」と呂后は考えた。
女性が差別されている時代なのにいったん権力を握ればどうしようもなくなってしまうのはどういうわけなのだろうか。
皇帝の母、という肩書が絶対なのか。