ガエル記

散策

『史記』第九巻 横山光輝

ここからさらに面白くなっていきますね。

ネタバレしますのでご注意を。

 

第1話「農民王陳勝

始皇帝が最初の皇帝ならば、陳勝は最初の農民一揆の指導者である。

 

前209年、日雇い農夫の陳勝呉広は辺境の守りに徴用され漁陽へ向かう途中大雨で足止めをくらう。秦では期日までに到着せぬものは死刑という法律があった。

陳勝は「どうせ殺されるなら、謀反を起こそう」と呉広に話しかける。たじろぐ呉広陳勝は説き伏せた。「まずこの九百名で事を起こして天下に呼びかけるのだ」

今度は呉広が「それなら鬼神の力を借りよう」と言って陳勝に神秘性を持たせ人々を引き寄せる策略を練った。

食糧の魚の腹に「陳勝が王たらん」と書いた紙を入れておくとそれを見た農民たちの間に噂が広まった。

夜、林の洞に狐火が見えると農民たちが駆け付け気味悪がっているとその狐火から「楚国が興り陳勝が王たらん」と声が聞こえた。。

それは呉広の声だったが農民たちは怯えて逃げ出した。

 

農民たちの気持ちが陳勝に向かってきたのを見計らって呉広は皆の前で「おれは逃げるぞ」と言いふらした後農民たちを率いている二人の軍官に「期日までに到着するのは無理だ。殺されるために漁陽に行きたくない。もういいなりになるのはまっぴらだ」と言い放った。

怒った軍官は呉広を鞭打った。

呉広は反撃してその軍官を斬り殺した。もう一人の軍艦が剣を抜くと陳勝がこれを殴って剣を奪いこれも刺し殺す。

怯えながら見ている農民たちに陳勝は声をあげた。「皆よく考えろ、生まれてきた時王や大臣の子であっても地位は約束されていない。力で手に入れるのだ。俺たちが立ち上がり敵を滅ぼせば王にでも大臣にでもなれる。同じ死ぬのなら王や大臣の地位を目指して命をかけるのも悪くなかろう=王侯将相寧んぞ種有らんや

これに農民たちも賛同し「陳勝さん、あんたについていく」と答えた。

「よし、無道を討ち、暴秦を誅し楚を復興させよう」と陳勝は宣言した。

これが最初の農民一揆であった。

こうして陳勝呉広は九百人の農民を率いた。木の棒にぼろ布を括り付けて旗とし鋤鍬を武器として大沢郷を占領した。

そこで武器や仲間を集め次々と諸県を落としていった。始皇帝は王を置かず県令を置いて僅かの役人で取り締まらせていたので落とすのは容易かった。

そして南北の交通の要所・陳へ進軍した。この時陳将軍は戦車700輌、騎兵千人、歩兵は数万人に膨れ上がっていた。陳の郡主、県令は驚いて逃げ出し副官がわずかの兵で応戦したがたちまち敗れ去った。

陳勝は交通の要路である陳を秦打倒の根拠地とした。

そして呉広の進言で土地の有力者や三老を集め相談した。周囲を敵にしては一揆の成功はない。

陳勝は「我らは秦の暴政に耐えられず立ち上がった者です。ここを根拠地として天下に号令をかけ秦を打倒したい。なにとぞ協力を願いたい」

これに三老は相談して答えた。「喜んで協力します。ここで陳勝将軍に王を名乗っていただき天下に声をかけてくださればもっと効果は大きいと思いまする」

陳勝はこれを承諾して王となり、国号を「張楚」と定めた。これが史上最初の農民政権である。

陳勝の呼びかけに応えて各地で数千人単位の蜂起が無数に起こった。

楚の貴族・項梁と項羽、そして劉邦などもそのひとりである。

 

お尋ね者になっている魏の貴族・張耳・陳余も陣営に加わりたいと陳勝に申し出た。

陳勝はそれぞれの将軍たちに各地を平定させていった。

だが呉広が向かった滎陽城は攻め落とせなかった。李斯の子・李由が必死に抵抗したのだ。目標である咸陽の前で止められる形となってしまう。

 

そういう中で将軍たちが勝手に王を名乗りだした。これを聞いた陳勝は怒り家族の処刑を考えたが「秦を倒すのが目的なのに味方同士で戦ってはいけない」という進言にやむなく止まった。

 

そして改めて咸陽攻略軍をつくることにした。春申君に仕え軍事に精通した周文を将軍として咸陽へ向かわせた。

周文は函谷関を打ち破り咸陽付近で陣を構えた。

 

各地での叛乱を抑えるために咸陽にはもう兵士が二万ほどしかなかった。襲ってくる周文の郡は数十万、いくら秦軍が精鋭とはいえかけ離れていた。章邯将軍はそこで囚人を使うことを提言した。

趙高もやむなくそれを認めるしかなかった。

だが敵を倒せば死刑でさえも無実となり家に帰す、と言われた囚人軍は破格の強さを示した。

周文軍は敗北した。周文は自決。

これは陳勝にとって大きな衝撃だった。

さらに滎陽城でねばっていた呉広が共に戦っていた田藏将軍によって暗殺されたがこれを咎める力が陳勝になかった。

寄り合い世帯の悲劇だった。

将軍らは各地で領土を平定してはそこの王になろうとし始めた。

陳勝にはそれを抑えきれるだけの力はなかったのだ。

 

その田藏将軍も章邯将軍に壊滅された。

章邯将軍は破竹の勢いで農民軍を打ち破りついに陳まで迫った。陳勝王は自ら先頭に立って章邯将軍を迎え撃ったがついに打ち破られた。陳勝はかろうじて脱出した。

が、御者の荘賈に殺されその首は章邯将軍に届けられた。

 

陳勝の作った最初の農民政権は半年で終わった。

だが反秦の闘争は燎原の火のように燃え広まっていった。

現中国ではこの陳勝を英雄としてあつかっている。

 

第2話「項羽立つ」第3話「劉邦亭長」

さてここから項羽と劉邦の話になるのだが、ちょっと驚いてしまったのだ。

項羽と劉邦はさすがに知っている名前と話なのだが、自分勝手にスマートイケメンの項羽と肥満体のおっさん劉邦というキャラクターを思い浮かべていた。

それは揺るがないよね、とかってに思っていたのだが横山キャラはそれが逆だったのだ。

確かに天下無双の力を持つ項羽が巨体であり、劉封はだらしないのんべで女好きだと言われていてもしゅっとしててもいいだろう。しかもなんとなく劉備玄徳風ではないかと思ってハッとした。

そうだった。劉邦劉備のご先祖様だった。しかもこやつら危なくなると女・子供を放り出す悪い癖が同じだわ。

更になぜかやたらと男に好かれるという不思議な吸引力を持っている。なぜなんだろう。

というわけで項羽よりもはるかに劉邦が気になって仕方ない。

横山氏自身、どうも項羽にはあまり関心がなく劉邦びいきな気がする。

 

項羽は幼い頃から豪胆でやがて巨体と怪力の男に成長していく。彼が二十四歳の時、陳勝が反乱を起こした。項羽も育ての親である項梁とともに反秦の旗揚げをした。

一方の劉邦

「あっ親父」じゃないだろ。

項羽の華やかな武者ぶりと比べなんと貧相なことよトホホ。それもなんか玄徳に似てるし。

だが劉備じゃなかった、劉邦はなぜか女にも男にもモテモテで人気が高い。

劉邦が酒場にいくとあっというまに彼のファンである男たちで店がいっぱいになるのだ。どういうこと?

なので店では劉邦の飲み代は無料としていたのである。すごい。

 

そういえば玄徳、呉に行った時にこうなってたね。

やはり親戚。

とにかくこうして劉邦もまた反秦の旗揚げに加わることとなった。

劉邦、この時四十歳であった。

 

第4話「馬と鹿」

秦の建設に貢献した丞相・李斯は宦官・趙高を処罰しようとして逆にとらえられ死刑となってしまう。

一族も皆殺しとなった。

趙高は丞相となりあの有名なエピソード「鹿を馬と言わせる」を行い「鹿」と言ったものは逮捕し処刑した。

やがて趙高は二世皇帝自体が邪魔となり抹殺した。

そして本来二世皇帝となるはずだった扶蘇の子・子嬰を皇帝とした。

だが子嬰は趙高の謀叛を見破っていた。

子嬰は我が子と結託して趙高を討った。

子嬰は昔のように諸国同列として秦王と名乗った。