不覚にも泣いてしまいました。
この映画で泣く人はいるんだろうか、と思いながら。いや結構みんな泣いてしまうんじゃないか、とも思うのですが。
昨日観た『青春残酷物語』とは打って変わって物凄く真面目この上ない男女の恋愛ですが、それはそれで互いに傷つけ合ってしまうのは恋愛とはそういうもの、ということでしょうか。
端々にギャグがちりばめられていて(このギャグがまた真面目なのです)全体としては明るく軽いトーンで作られているのですが主人公たちはいたって生真面目で真剣に深刻に恋愛を考えていくわけです。
ネタバレです。ご注意を。
片や戦後に没落した富豪家の優雅に育ったお嬢さん、片や田舎の貧乏生まれだが戦後に自動車修理工場でひと財産築き上げた武骨な男。
持ち込まれた結婚話に乗り気でなかった男だが、気品のある美しさを持つお嬢さんに一目ぼれしてしまう。
しかしお嬢さんのあくまでも「落ちぶれた家族を救ってくださる優しい男」への丁重な態度を崩さない姿に武骨男は次第に「やっぱり育ちが違ったんだ」と身を引く決心をしてしまいます。
佐野周二さんを私はほとんど知らないのですが本作の真面目で武骨な男の優しさ、を見てほろりとしてしまいました。
お嬢さんとのデートで見なれぬバレエを見て思わず涙がこぼれてしまって不思議がるのですが教養というのではなく美しいものを観て感動するなんてすばらしい感受性を持っている人物ではありませんか。
援助をしてくれる結婚相手を「恋することができない」と感じていたお嬢さんは彼が去ってからこのことを思い出したのです。
男が入り浸っていた居酒屋のマダムはお嬢さんの「私はあのかたを愛しています」というのを「じゃあなんで抱きしめてやんないのさ。惚れているってそういうことだよ」と言い返すのですが、男が帰郷するという駅へ向かう前にお嬢さんが「私、惚れています」と言い残すのが胸がすっきりする感じでした。
男の弟分である五郎がお嬢さんを連れて駅へ行こうという場面で結婚相手をちゃんとひっぱっていく、というのが木下監督の細やかな心配りだと感心しました。
男とお嬢さんがどうなったかは見せないままでのラストでしたが、なんともほのぼのと良い映画でありました。
以前は『青春残酷物語』のような殺伐とした内容のものばかり観ていたのですが、寄る年波のせいか、真面目でじっくりとした作品を求めるようになってしまいました。
しかし善人ばかり出てくる映画ですよ、これ。みんな良い人です。
一目ぼれしたお嬢さんが実は落ちぶれて仕方なく自分と結婚しようとしている、とかお嬢さんの家族が成り上り者の自分を心底では軽蔑している、とか人生の辛味もしっかり描きながら全体として暖かな風味を保っている、木下惠介監督の良さを今頃感じてしまっている私です。
映像も一場面一場面美しく整っていて惚れ惚れとします。
良い映画ってこういうものでありますね。
おっと。
原節子さんの高貴なる美貌を堪能できる本作ですが、五郎君役の佐田啓二(中井貴一氏の父上)がめちゃ可愛いです。やはり似てるなあ。