ガエル記

散策

『三国志』横山光輝 第五十三巻 その2ー後出師表ー

馬謖があのような働きをしてしまったのは姜維の出現のせいではないかと考えてしまいます。

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

成都にいる蜀皇帝劉禅のもとに孔明からの書状が届く。出師表であった。また出陣するのかと劉禅は驚く。

が、亡き父は漢朝の復興を孔明に遺託した。孔明は今それを果たそうといたしておるのじゃ、と言って出陣を許可した。

漢中に留まり軍を立て直すこと半年、孔明は再び出陣した。この時孔明四十八歳であった。

司馬懿仲達の読み通り蜀軍は陳倉城へ向かった。すでに真冬。四方の山は白雪に包まれていた。

 

洛陽の魏帝曹叡は呉軍と蜀軍両方からの攻撃を案じていた。「誰ぞ長安を守るものはおらぬか」の問いに答えたのは曹真だった。

曹真は孔明に敗れ恥を感じていたが最近素晴らしい大将を得たことで自信を取り戻していたのだ。その大将は六十斤にあまり大刀を使い二個の鎖鎌をふるいその上ではまさに達人という。

曹叡はその者に会ってみたいと言う。

その男の名は王双字は子金。いまだ一度も敗れたことがないという。

曹叡は頼もしく思い曹真を大都督に命じた。

 

孔明は陳倉に到着した。見事な城が出来上がっていたのは孔明がこの道を進むと司馬懿が読んだからである。

部下は別の道を選べば、と進言したが孔明はこの城を落として味方の足掛かりとすると命じた。

そこへ靳詳という男が孔明に是非お話したいことがあると言ってやってきた。

その男は陳倉の守将郝昭とは親友なので利害を説いて降伏を勧めたいと言う。孔明は無益な血を流さずに済むなら越したことはないとその役を任じた。

 

親友が訪ねてきたと知って郝昭は開門させた。

だが友の口から「諸葛孔明」の名を聞いてすぐさま「帰りたまえ」と指さした。

「わしは魏に仕え君は蜀に仕えている。その名を口にするなら友として会うことは出来ぬ」

友ゆえ来たのじゃ、君の兵は数千、蜀軍は何十万いつまで守り切れると思う、という靳詳に「孔明に何十万の軍勢があろうと見事守り通してみせるわ」と郝昭はとりつくしまもなく靳詳を追い出した。

報告を聞いた孔明は「郝昭は武士の典型と聞く。城を枕に討死する覚悟だろう。惜しい男じゃ。もう一度説いて蜀に降れば相当の待遇を与えると伝えよ」

靳詳はもう一度陳倉城へ向かった。

「郝昭」と呼びかけると出てきたが「わしの話を聞いてくれ」というと矢を射かけてきた。「よく考えてくれ」と言えば「三つ数える間に立ち去れ」と弓を弾き絞る。

靳詳はまたもや去るしかなかった。

これを聞いた孔明は「となれば総攻撃もやむをえまい」と決心した。

蜀軍はまずいっせいに堀を埋め衝車と雲梯を押し出した。孔明は今度の出兵に多くの兵器を用意していた。

衝車は下に馬が入り上の箱に兵士が乗って矢を射る兵車である。

 

が郝昭は慌てることもなく衝車には岩石を落とさせ、雲梯には火矢を浴びせさせた。

岩石を投げると衝車はあっけなく穴だらけに開けられ使い物にならなくなった。

孔明は雲梯を急がせ城壁に取り付けさせたが火矢によってあっけなく燃え上がり中に入っていた兵士たちは熱さにに飛び出して矢を浴びせられた。

孔明軍は声もなかった。

(www意外と間抜けなことをするな孔明かわいい)

(でもやってみたかったのよ男の子だもん機械大好き少年)(子どもの頃からの夢だったのかも)

 

蜀軍の被害は甚大だった(wなにやってんの)

ここで孔明またも負けずに井蘭(櫓)を組ませて矢を射るという作戦に出た。

ううう、前と同じ感じ無理そう。

 

郝昭は今度もなにも慌てず油を振りかけて焼き払えと命じる。

蜀軍を充分引き寄せて油壺を投げ火矢を浴びせた。

これもあっという間に燃えあがり火に包まれた兵と馬は逃げ惑った。

 

次に孔明は城内まで坑道を掘って侵入することにした。

大勢の兵士が続々と坑道を掘り土を運ぶ。

この行動は郝昭に知らされた。郝昭は場所を確かめ城壁に沿って堀を作らせ水をためさせた。蜀軍がそこまで達すると坑道に水が流れ込む、という仕組みになる。

(頭良い!)

目論みどおり蜀兵が掘り進み城内にたどり着いた時、水は奔流となって坑道に流れ込み蜀兵の多くが水死した。

蜀軍が陳倉城を取り囲んではや二十日になる。だが陳倉城はゆるぎもしなかった。孔明がこれほど頭を悩ませた城攻めは前後になかった。

 

こんな時前方から早馬が駆け付けた。魏の先鋒隊が現れたのだ。将は王双、二万の兵を引き連れている。

孔明は謝雄と龔起にそれぞれ三千騎を連れて足止めに向かわせた。

さらに万一に備え蜀軍は二十里後退した。

 

謝雄龔起軍は王双と対峙する。

が謝雄はいきなり王双に討たれてしまう。続いて龔起もあっけなく討死となり蜀軍は蹴散らされた。

次に孔明王平張嶷廖化に足止めを命じた。

張嶷と当たった王双は逃げるふりをして自慢の流星錘を投げつけ張嶷に重傷を負わせた。

 

この報告を受けた孔明は王双軍が城外に布陣していると聞き確かめることにした。

孔明が目視すると堅固な陣で場所もよく簡単には落とせないと感じた。

城に力をそそげば彼らが討って出てこようし彼らに力をそそげば城から打って出てくる。といってにらみ合っていては本体の大軍団が到着する。

孔明は悩んだ。

可愛い顔で二次創作的なことを言いだす姜維

むっとする孔明に「この陳倉城にこだわりすぎるのではありませんか」と穏やかに言う。

うむう街亭の砦やはり姜維任じた方が良かったんじゃとしつこく思ってしまう。

孔明にこんな顔をさせてしまう姜維、とんでもないやつ。

そして孔明でもこんな風になってしまうってことですよ。

いいねえ。

 

孔明魏延王平李恢を呼んだ。

魏延に陳倉の谷に堅陣を張り陳倉の口をおさえさせた。

王平李恢には街亭よりの路を守り街亭からの攻撃を防がせた。

孔明自身は本隊を連れて再び祁山に向かった。

魏軍本陣では王双が敵将二人を斬り一人に重傷を負わせたという報が入る。しかも孔明は陳倉を攻めあぐね一部の兵を残し祁山に向かったという。

これを聞いた曹真は大笑し「孔明め。もう往年の力はないと見える。戦の先は見えた。仲達にばかり名をなさしめたが今度はそうはいかぬ」

 

そうした時、魏陣の外でうろつく男がいた。

男は曹真に一大事を告げたいと言い出す。曹真に会うと男は「姜維の腹心の者」と名乗り姜維からの手紙を曹真に渡した。

そこには「蜀に降ったのは孔明の詭計に落ちたため。しかし天水にいる老母のことは忘れようとしても忘れられぬ。こころはいつも魏にある。もし帰参がかなうなら蜀軍の食糧を焼き払う」と書かれていた。

もし魏軍が途中で蜀軍に出くわしたら姜維が食糧に火を放つまで負けたふりをして逃げよ。そして火の手が上がったら総攻撃して孔明を捕えることができる、とあった。

曹真は大いに喜んで姜維の使者に見事手柄を立ていと伝えた。

 

曹真はこれでこの戦勝ったわと喜ぶ。側にいた費耀が孔明の陰謀ではないかと告げたが「わしはそう思わぬ。姜維の母思いは有名じゃ」と答えた。(なぜ母思いが有名なのかw謎)

費耀はなおも曹真に本陣に留まりください。それがしが兵を出して姜維と会ってみましょうと言い五万の兵を授けられた。

 

費耀は五万の軍勢と共に斜谷に向かう。

途中で蜀軍と出会うが蜀軍は姿を見るや一目散に逃げてしまった。

しばらく進むとまたもや蜀軍が出現したがこれもまた「魏軍だ逃げろ」とあっという間に逃げてしまう。

やがて日が沈みそうになり費耀軍はそこで陣を張り食を取らせた。

この不気味さが孔明の魅力よのう。

 

さてさて、孔明の北伐がいかに困難だったかがよくわかります。

かつていた華々しい武将がまったくいなくなり力強い一騎打ちが期待できないゆえに奇妙な機械を登場させるも役に立たず。

その中で姜維がただ一つの光明となっている。

姜維・・・悲しきヒーローです。

(先走り)