うわあ、表紙絵関羽ソロバージョンは初めて。前は確か張飛と二人並びだったはず。
てことで関羽表紙絵1・5回目。
赤兎馬と
ネタバレしますのでご注意を。
曹操からの贈り物はすべて返却した関羽だけど赤兎馬だけはしっかりいただいたw
嬉しかったんだろうなあ。
これに対し曹操は荷駄隊を撒き餌として文醜隊をおびき寄せ周囲を取り囲んで一網打尽にした。
その報をきいた玄徳は急ぎ駆け付けその目で関羽の姿を確かめる。
玄徳は再び袁紹から咎められるが「関羽に私の居場所を教えればすぐに駆け付けてきます。そういう男です」と答える。
玄徳の愛され自信すごい。
玄徳が生きていることを知らされた曹操は関羽が去っていくことを懸念した。
義理堅い関羽は曹操への恩義を顔良・文醜という強敵を倒すことで返したのだ。もう引き留める口実はない。
張遼は「関羽が暇乞いに来てもお会いにならぬことですな」と言う。
関羽の元へ玄徳からの手紙が届く。
なんだろうこの恋する少女。
関羽は曹操へ挨拶に出向くがその門には「避客牌」が掛けられていた。この札が掛けられている時は主人はどんな客にも会わない。礼儀正しい関羽は引き返さざるを得なくなるのだ。
関羽は曹操から賜った贈り物をすべて返すために集め借りていた屋敷を綺麗に掃除させた。
そして会おうとしない曹操の門に礼をして玄徳のもとへ急ぐため去ったのだった。
関羽が残した手紙を読んだ曹操は「来るときも潔くまた去る時も見事なものよ」と感心の笑みを浮かべる。
関羽を逃すべきではないと主張する家臣たちに一喝し関羽とは三つの約束をしたのだ、と曹操は答える。
しかし、と曹操は後を追って路銀と着物を餞別にしたいと考えた。
追いついてきた張遼は曹操様がじきじきにあいさつをなさりたいと関羽を止める。
関羽は大勢に取り囲まれないよう小川の上にかかった小さな橋の上に赤兎馬を乗せた。どこまでも油断しない男である。
追いついた曹操は用意した餞別を渡す。辞退する関羽に「奥方のために」と勧める。
これには関羽も感謝を示した。
さらに曹操は旅雨露しのぎにと着物を渡そうとするが関羽はその着物を持っていた槍で受け取ったのだ。
やはり贈られた着物を着る、と言う行為は特別なものなのかもしれない。
少なくとも関羽は玄徳から贈られた着物を脱ぎ着するたびに殿に会うような思いがする、とまで感じる男だ。
そんな人間が曹操から贈られた着物を着ることはないのだろう。
余談だがかつてルキノ・ヴィスコンティは寵愛したヘルムート・バーガーに肌身につけるものばかり贈った、という逸話があったけどここにもそんな精神が感じられる。
曹操の家臣たちが怒るのももっともだ。
曹操はあえて「関羽が用心して馬を降りなかったことぐらいは許してやろう」と逃げ口上を述べた。たぶんほんとうは心臓がひゅんってなったはず(玉でもいいですけど)
残酷な男だな。曹操の気持ちわかっててのこの発言。
ものすごく気持ちが入ってる。
曹操は「自分の徳で関羽を惚れさせる」的なことを言ったけど無理だった。
最後の絵、しみじみかっこいい。
さて奥方様と御子を必ず玄徳様に会わせてあげたいという思いで関羽は旅を続ける。自分一人ならたぶん止まることなしに駆け抜けただろうけど玄徳様の妻子をお預かりしている使命が関羽を動かしていた。
口にした通り邪魔をする者に対しては血路を開いてまかり通ったが関羽という名を聞いて歓迎し途中にいる息子に頼ってほしいという手紙を渡してくれる善良な人物もいた。
この手紙によって関羽一行は命を救われる。
忠臣への敬意を持つ心に関羽は命拾いをしたのだった。
玄徳に再会する旅は簡単なものではなかった。
夏侯惇まで登場。
ふたりの戦いに三度まで止めが入るwひつこい
夏侯惇だって忠義なのにかわいそう。
曹操も考えが足りないよな。
こうやって関羽は(曹操の配慮のなさによって)(ていうかこれが関羽の一途さを示す演出ってことっすね)「邪魔をするものがあれば死人の山を築き血の河を渡っても帰る」を実行した。
そして一行は曹操の領地を抜けたがそこで出会ったのが山賊だった。
が彼らは関羽と知って頭を下げた。関西の周倉と言う豪傑から名前を伺っていたという。周倉は関羽に拾ってほしいと願い出る。
山賊を部下にすれば玄徳様の名に傷がつくと言いながらも関羽は奥方に伺いを立てる。奥方は「見捨てるのも哀れ」と言って供にすることを許した。
関羽一行はすでに千里の道を踏破していた。
奥方様がいるから駆け抜けるわけにはいかないし、と書いていたのですが駆け抜けてましたw
千里=約4000キロで日本の直径では長さが足りないw
何日かで日本を飛び越えてさらに1000キロ走ったってわけで奥方様お疲れだったでしょうなあ。あいつ玄徳様に会いたいとなると闇雲に走るから。
いややはり恐ろしいヤツ、関羽の忠義心よ。