ガエル記

散策

『殷周伝説』太公望伝奇 その11 横山光輝

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

目が覚めた太公望は自分に巻き付いた縄を観察して気づく。夾竜山懼留孫道士が作った捕縛縄だ。太公望はずいぶん昔に夾竜山で見たものだった。

懼留孫は長い間をかけて工夫を凝らし紐に棘をつけて痺れ薬をつけ鹿ぐらいの動物は捕らえられると太公望に話したのだった。

それを土行孫が持っているということは土行孫は夾竜山の修行者ということになる。では夾竜山は殷に味方したのか。いや十二霊山の道士は政治に興味は示さない。そこでそれらを確かめるために楊戩が自ら出向くと言い出す。土行孫の使う術が影の術に似ているため興味以上のものがあったのだ。

楊戩は太公望の許可を得て夾竜山へと駆け向かった。

 

今回は土行孫にも手柄がなかったのだが鄧九公は土行孫を労って酒宴を開いた。

状況が有利のため鄧九公も機嫌良く酒宴は盛り上がった。

そして鄧九公はうっかり「もし速やかに西岐を攻め落としたらわしの娘を嫁に進呈しよう」と口を滑らしてしまう。土行孫にとっては酒の上の冗談とは思えなかったのだ。

 

翌日土行孫の意気込みは違っていたが太公望はもう土行孫と遊ぶつもりはなかった。土行孫が挑発してもみんなで笑ってやれとけしかけた。

思い通りにならず土行孫は苛立つ。

そこに登場したのが雷震子だった。手には閉血鴛鴦幡を持っている。さらに分身の術を使い土行孫を戸惑わせる。

土行孫はたまらずまたも身を消し去った。

雷震子は太公望に「私は亡き文王の第百子雷震子です」と名乗る。側近から経緯を聞いた太公望は雷震子を丁重に迎え入れた。

そして武王に末の弟としてあいさつした。

「これからは周のために姫家のために命を捧げます」

文王の後継者である武王は弟との出会いに喜んだ。そして温かく迎え入れたのである。

 

楊戩は夾竜山に到着し声をかけてきた童子の案内で懼留孫道士に会うことができた。

楊戩が土行孫から奪った捕縛縄を見せると驚きの表情を見せすぐさま保管しているはずの籠をのぞき込むが無論そこには何一つ入っていなかった。

戻ってきた懼留孫道士は楊戩から事の次第を聞き旅に出ていて何も知らなかったことを話しさらに土行孫のもうひとつの業、周囲に溶け込むことができる特技を持っていることを伝えた。それを使えば誰にも気づかれず目的を果たすことができる。武王や太公望の命を狙うことも容易いだろう。

懼留孫は自ら土行孫を取り押さえると言って咬犬を引き連れ楊戩と共に西岐へと向かった。

 

その土行孫はまさに手柄を立てようとして鄧九公に武王と太公望の首を取ってくると約束していた。

驚く鄧九公に土行孫は「褒美のためなら少々の危険は承知です」と答え鄧蝉玉にも「見ててくださいませよ」と言って胸を叩いた。

 

太公望は懼留孫道士自ら出向いてくれたことに感謝した。そして土行孫の特技を聞き警備を倍増した。土行孫は全裸でしかこの術を使えない。異変を感じたらすぐ斬りつけよと命じた。

 

土行孫は武王と太公望の首を取る前に鄧蝉玉の部屋を訪れ自分の気持ちを訴えた。「わたしは鄧蝉玉様のために命を捨てたいのです。私にとってあなたは天のおひさまと同じなのです。あなたの笑顔が見られるなら死んでも本望です」

そして出ていった。

鄧蝉玉は初めて聞く言葉に動揺していた。

 

土行孫は西岐城を前にして全裸となり地面に腹ばいとなった。途端にその姿は周囲に溶け込み消えてしまう。

土行孫は西岐城に忍び込み警備の間を進んだがその姿は誰にも見えない。

まずは太公望に近づくが警備兵が取り巻いていてなすすべがない。

土行孫は武王の方へと急いだ。

 

武王の部屋へ忍び込み側にあった剣を取ってまさに武王を斬ろうとした瞬間何者かに腕をつかまれ投げ飛ばされた。

楊戩であった。

「土行孫、命はもらった」しかし土行孫は身をひるがえし庭へと走る。楊戩は懼留孫道士を呼ぶ。

懼留孫は土行孫に話しかけた。「そなたの擬態もこの咬犬からが逃げられぬ」

土行孫はやむなく姿を現した。

出てきた土行孫に懼留孫道士は「そなたはわしの顔に泥を塗りおった。厳しく罰するぞ」「は、はい」土行孫はひれ伏した。

 

懼留孫は太公望に謝罪し太公望は感謝した。

「土行孫は鄧九公の娘に一目ぼれしてしまい鄧九公が酒の席で手柄を立てれば嫁にやるといったのを本気にして功を焦ったそうな」という懼留孫の説明に太公望は一案を講じた。

土行孫と鄧蝉玉との縁談をまとめる形でこの戦いを終わらせようと考えたのだ。

 

果たしてこの奇妙にも不思議な縁談はとんとん拍子とはいかないが鄧蝉玉を奪い取って説得し納得した鄧蝉玉が土行孫と結ばれさらに父・鄧九公を説得するという戦争ではない形で丸く収まったのである。

父親としては娘がこの変な男と結婚することに戸惑いはあったようだがwそれでも平和な形で鄧九公父子は西岐に帰順したのであった。

 

朝歌ではこの報が届き紂王は怒りすぐに次の討伐軍を命じた。

それに選ばれたのが妲己皇后の父・冀州侯蘇護であった。

ところが蘇護は最初から西岐に帰順する意志ですでに黄飛虎と連絡を取り合う仲であったのだ。家族で話し合うと誰もが同じ気持ちでいたとわかる。

が問題は蘇護に付く各将達の気持ちであった。

蘇護は軍を五つに分け不満があればいつでも動けるようにと考えた。

蘇護は西岐討伐に赴くふりをして兵糧が尽きるのを待ちこのまま帰っては紂王の極刑が免れぬ、やむなく西岐に帰順するしかないと部下を説得するつもりだったが忠実な将たちは西岐討伐を真面目に行い蘇護は困惑した。特に鄭倫将軍は何度も命懸けで西岐軍に挑んで深い傷を負ってしまう。(一度目は鄧蝉玉の投石で二度目は哪吒の乾坤圏で)

蘇護の意志は黄飛虎から太公望へ伝えられていた。そのため西岐も蘇護軍を強くは攻められない。

奇妙なジレンマのなかで両軍がにらみ合っていた。蘇護は傷を負った忠義なる鄭倫を説得しようとしたが鄭倫は聞く耳を持たなかった。

そんな中で海竜島声名山の呂岳という道士が朝廷から頼まれて冀州軍の加勢にやってくる。

呂岳は鄭倫の傷を治し次には西岐城が飲み水にしている川に不気味な薬物を流しこんだのだ。

たちまち西岐城には突然具合を悪くして倒れる者が続出した。

木吒は金吒哪吒に毒消しの薬を飲ませ太公望の元へ走った。案の定太公望はじめ周囲の者も具合を悪くしていた。木吒はすぐに毒消しを飲ませたが手持ちは少ない。太公望の許可を得て九官山へと走った。

 

薬のおかげで体調を取り戻した太公望だが倒れた人数が三万と聞き早急に藁人形を作らせ敵の目を誤魔化した。

呂岳は城壁に立つ人数が変化しないので部下を侵入させ実際は多くの病人が出ていたと知る。

がその間に木吒は九官山から薬を大量に持ち帰ってきた。

呂岳の目を誤魔化せたのは西岐に有利となった。

呂岳達は倒れた多数の西岐兵を見てしまったので戦える人数はわずかと踏んでいた。

そのため鄭倫将軍の兵だけを借りて西岐城へとなだれこんだ。

しかし西岐兵は木吒の毒消し薬で立ち直っていた。

そして楊戩、黄天化、雷震子、吒三兄弟の力で呂岳道士たちを次々と討ち取っていった。

最後に残った呂岳の幻影も哪吒が見破りそこに木吒が飛鐃を投げつけさらに雷震子のブーメランで討ち取った。

 

こうして蘇護が西岐へ帰順することが決まった。最後の問題は鄭倫将軍だった。

太公望の言葉だけでは揺らがない鄭倫に蘇護はもう一度だけとかき口説いた。

ここで帰順せねば鄭倫は死罪となるのだ。

それでも首を縦に振らない鄭倫に蘇護は大粒の涙をこぼし手は震えた。それを見てさすがの鄭倫も心が揺らいだ。

「わがままを申しました。殿のお言葉に従いまする」

 

朝歌にこの報が届く。

紂王は政治の場に顔を出すこともなく体は肥満し目の下にはクマが出ていた。

妲己の父親である蘇護が西岐に帰順したという知らせに激怒した。

が、娘の妲己が「私の首を落として都城にさらしてください」と言っても「そなたへの愛は変わらぬ」と言って抱きしめた。

 

紂王はまだ殷の国力を信じて危機感を持ってはいなかった。

居並ぶ重臣に次なる西岐討伐の将を選ぶよう命じたのだ。

 

一方西岐では太公望が武王に出師の表を差し出していた。

武王は姫家には「臣は君を討つべからず」という家訓があるとしてこれに躊躇した。

太公望は先王・文王の苦しみを武王に訴えた。次いで散宜生が出師の表は憂国の情から出されたものであることを説明し会盟に参加して諸侯を説得し紂王に政治の改革を迫れば不忠不孝の罪は犯さず民を救うことはできるとした。だが会盟に参加する前からその態度を示してはなりません。あくまでも紂王討伐の軍を興したということにしなければ、として太公望を「東征大将軍」に任命する必要があるとした。

武王はすべて散宜生に任せるとした。散宜生は太公望から岐山に拝将台を築造するよう南宮适と辛甲に命じさせた。

 

さて崑崙山脈の太崋山では殷郊・殷洪が修行をしていた。ふたりは紂王の息子であり後継者なのだが紂王から処刑される寸前で副宰相比干の家臣から救い出されてこの山で修業の日々を送っていたのだ。

ある日、師匠に呼び出されたふたりは太公望が東征大将軍となって殷討伐軍を興すことになったと告げる。ふたりは拷問死させられた母の仇を討つため紂王・妲己を討ちたいと師匠に話していたのだ。ふたりはそれから充分に学んだ。将として働けるであろう。

師匠の言葉に兄殷郊は弟と話し合って決めたいと申し出る。

次の日二人は東征軍に参加をしないことを告げた。この太崋山に来た時は父と妲己に対する恨み憎しみでいっぱいだったが武芸と学問を学ぶうちに心が変わってきました。心静かに暮らす楽しさも知りました。

父の暴政は知っていてもだからといって父を討つことはできません。殷は私の愛する国です。その国を滅ぼすために働く気にはなれません。

できればここで年老いるまで学び悟りを開きたいと思います。

 

師匠はふたりが天子になるのはあきらめるというのだな、と問うた。

周が殷を倒せば新しい天子は周の武王がなるのでしょう。私たちは必要とされますまい。殷郊は世俗を離れ師匠の側においてくだされと頼むのであった。