ガエル記

散策

『殷周伝説』太公望伝奇 その13 横山光輝

表紙の少年、黄天祥くんです。

おおー。フジリュー版とはかなり違いますな。

手前のおっさんは鄧九公どのです。

 

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

太公望は武王に「金鶏嶺の孔宣軍を撃破した」ことを報告し孟津を目指すに五関が立ちふさがるための辛抱をお願いする。

目指す汜水関の左には青竜関、右には佳夢関という出城がある。

太公望はここで周軍を三つに分けた。

黄飛虎将軍の左軍十万は青竜関、洪錦は同じく十万で佳夢関を攻めることとなった。

残る四十万で汜水関攻撃にあたらう。

 

洪錦率いる右軍は汜水関の出城佳夢関に迫る。

兵は二万ほどと見えた。が、城の防御は案外手強く被害が増えるばかり。洪錦は打開策を問うた。

南宮适は東征初陣で軍規違反を起こし処刑されるところをこれまでの功労から考慮して先陣から外されていたがここで案を出した。

「敵を城から引っ張り出すために挑発するのです」

そこで周の末将・季康が犬を連れて一騎打ちを仕掛け出てきた将を討ちとる。翌日はその仇討ちに来た将を蘇全忠が受けてこれも討ち取った。

佳夢関の司令官胡昇は弱気だったが弟の胡雷はこれを諫めて周軍を火攻めにすると進言した。

が、火攻めに対し南宮适たちは冷静に判断し襲来した胡兄弟をあっという間に討ちとってしまう。

残された兵たちは降伏した。

 

黄飛虎将軍を総司令、鄧九公を副指令とした左軍は青竜関へ向かった。

黄飛虎の息子黄天祥はまだ十七歳ながら見事な腕前で敵と立ち向かい鄧九公も彼を援護した。

黄飛虎軍はあっという間に四将を討ちとり司令官も負傷させる働きを見せたが城攻めには手こずり三千の死者という被害を出してしまった。

 

青竜関では兵糧部隊の陳奇が戻ってきた。味方の惨状を見て驚く。しかも司令官は降伏を考えていた。

陳奇は飛虎兵を従えて出陣した。鄧九公との一戦を呼ばわる。

黄飛虎は騎馬隊の飛虎兵が気になった。自分自身、黄天化と烏鴉兵と戦って手痛い目に遭い捕らえられた経験があるのだ。

案の定、鄧九公は飛虎兵に襲われ捕らえられてしまう。一騎打ちは作戦だと陳奇は笑う。しかも太鶯も捕縛されてしまった。

鄧九公は打ち首にされその首はさらしものとなった。

陳奇は次に黄天祥を指名した。

黄飛虎は不安だったが兄二人と共に戦うことと飛虎兵から包囲し出したら引き返すことを条件に許可した。

 

が黄天祥は兄が陳奇に傷を負わせたことと自分の腕に自信をもっており父の命令を無視して戦い続けた。

その結果黄飛虎の不安通りに黄天祥と兄は捕らえられてしまったのだ。

 

兄黄天禄は牢に入れられたが司令官に傷を負わせた黄天祥は処刑された。

黄天祥は打ち首となり首だけではなく体までさらし物とされた。

 

黄飛虎はこの報を聞いた。わずか十七歳の息子の死に涙した。

そして太公望に援軍を頼んだのだ。

 

太公望もこの報を受けて驚く。そして黄飛虎の嘆きを思った。太公望は飛虎兵が烏鴉兵に似ていると聞いて哪吒を差し向けた。

 

さらに父の死を聞いて嘆く鄧蝉玉とその夫土行孫の同行を許した。

 

彼らの援軍に黄飛虎は喜ぶ。

そして黄天祥と鄧九公を奪い返すこと、さらに捕虜となっている太鸞と黄天禄の様子を探って欲しいと土行孫に頼んだ。

夜半、土行孫と四天王は青竜関へ近づく。土行孫はするすると壁を登り妻の父である鄧九公の首を包んで下へと降ろした。さらに黄天祥の首と体も降ろして四天王は帰させた。

土行孫はひとり牢屋を探った。

服を脱いで溶け込み見張りにわざと声をかけて牢屋の様子を見に行かせる。

異常はない。

見張りが元に戻っていったのを見計らって土行孫は体を顕し黄天禄と太鸞に声をかけて安心させて去った。

 

黄飛虎は鄧九公の首を鄧蝉玉たちに渡し「手厚く葬ってくだされ」と頼む。

そして黄天祥の体は棺に納め黄天爵に西岐へ持ち帰って葬ってやってくれと命じた。

黄飛虎は妻・妹・そして今ふたりの子供を失いせめて黄天爵ひとりでも生き残らせたいと考えたのだ。

 

黄飛虎は哪吒・鄧蝉玉・土行孫という援軍を迎え総攻撃を開始する。

まずは三人が先陣として青竜関へ進んだ。

陳奇には父の仇と鄧蝉玉が相対した。

鄧蝉玉の攻撃は鋭い。それを見て飛虎兵が動き始めた。

哪吒は馬に乗って次々と如意珠、乾坤圏を繰り出す。

土行孫は馬には乗らず走りながら長棍棒で馬の脚を払い飛虎兵は次々と落ちていった。飛虎兵が鉤のついた槍を延ばしても土行孫の長棍棒が先に飛虎兵の頭を勝ち割ってしまう。

 

鄧蝉玉に散々傷を負わされた陳奇は飛虎兵がふたりに惨敗しているのを見て驚き鄧蝉玉に錘を振りかざした。

しかし蝉玉は巧みに錘をかわし続け陳奇に手傷を負わせていく。

そして錘で槍を弾き飛ばされたのを機に逃げ出した。追いかけて来る陳奇が間近になった時その顔に向かって投石した。

陳奇は落馬し鄧蝉玉はその首を討ちとった。

鄧蝉玉は青竜関に向かってその首を差し出した。

驚いた司令官は慌てて城門を閉じようとしたが哪吒・土行孫がそうはさせなかった。

それを見て鄧蝉玉は兵たちに突入を命じた。

さらに先行隊が城内に突入したのを知って黄飛虎軍が全軍の突入を命じた。

鄧九公・黄天祥の仇討でもあった。

哪吒はすかさず丘引を探す。兵に丘引の行方を聞き出しその方へ飛んだ。

丘引が城外へ逃げるのを見つける。

「お前は黄家のため鄧家のため俺の友人のために逃がすわけにはいかんのだ」

哪吒の手から乾坤圏が放たれ丘引の首を刎ね飛ばした。

 

土行孫は牢屋へ走った。黄天禄と太鸞を解き放った。太鸞は鄧九公の死を知って嘆き黄天禄も弟がさらし首となったと聞いて号泣した。

「俺が手柄を立てようとしたばかりに・・・天祥すまない」とこぶしを床に叩きつけた。

 

黄飛虎は太公望青竜関を落としたと知らせ引き揚げてきた。

太公望は黄飛虎を労い黄天祥の死を悼んだ。

 

こうして太公望は殷に迫る第一の関門汜水関に相対することとなった。

 

太公望はまず汜水関の司令官韓栄に降伏を勧める書状を使者によって渡した。

が韓栄は「随意に挑め」と返事して戦いは始まった。

 

太公望は魏賁と哪吒を先鋒隊の左右に従えて出陣した。

まずは哪吒が飛び出しあっという間に敵将を討ちとったがそのとたん韓栄は汜水関に戻り固く門を閉じてしまった。

拍子抜けした哪吒だった。

 

韓栄は逃亡を考えていたのだ。

諸将と話し合い、一戦して負け朝歌に援軍を頼み官位を捨てて立ち去ることを選んだ。

ところが韓栄の息子たちが父の判断に異議を唱えたのだ。

韓昇と韓変兄弟は父を抑えつけ火牛の計をもって攻撃してきた。

太公望は鄭倫に烏鴉兵を使って奇襲隊の隊長を捕えよと命じた。

哪吒・鄧蝉玉・土行孫は奇襲兵らを片付けていった。

 

翌朝、太公望は汜水関へと出陣した。

韓栄に対し捕らえた奇襲隊隊長の韓昇・韓変を差し出して見せた。

太公望は降伏しなければ処刑する、と言い韓栄は慌てて降伏しようと答えた。

だが息子たちは「死など恐れぬ。最後の一兵卒まで戦ってください」と叫んだ。

太公望は「禍根を残してはならない」として二人を打ち首にした。

それを見て韓栄も自刃して果てた。

太公望は「暴君のために・・・哀れな」とつぶやき「城兵よ。降伏するならよし。さもなければ総攻撃で突破する」と宣言した。

城兵たちは次々と降伏を声にして城門を開けた。

 

第二の関門、界牌関は狭い街道の難所に建てられていた。

汜水関が落ちたと聞き司令官はこの小さな関ではひとたまりもないと考えた。兵力は一万もないのだ。

そしてすぐさま朝歌に援軍を求めたのだ。

 

朝歌では相変わらず紂王が酒宴を楽しんでおりそれを中断されて怒っていた。

しかも妲己から「援軍と聞くと陛下はすぐ騙され将兵と兵糧物資を送られる。これに各地の将はつけ込んで私腹を肥やしているのです」と言われ心が揺らいだ。

諸侯の気持ちを引き締めるために使者の首を刎ね援軍も断ると決めたのだ。

 

この報を受け周軍の六十万の威力を見せつけられた界牌関・徐蓋は降伏を即決した。周軍は無血入城したのである。

 

いやはや。

紂王に忠義心を持って死んでいくことの哀れさよ。

これはもう忠義と言えないのではとすら思えます。

 

それにしても黄飛虎が可哀そうで。

黄天祥は無事と思い込んでいました。