ネタバレしますのでご注意を。
第1話「義に殉ずる」
「刺客列伝」にその名を記された予譲の物語だ。
前五世紀、六人の大夫(家老)が権力闘争を始めた頃、予譲という才能のある男がいた。
が、彼は使い走り程度の役目にしかつけないままでいた。
そんな時、六大夫の中で最も勢力のある智伯が兵を挙げ范氏を討ち中行氏も全滅した。
智伯は権力欲が強く評判の悪い人物であった。
予譲はその智伯に仕官した。ところが智伯は予譲の才能を認め一人の国士として屋敷を与え召使をつけて厚遇した。
智伯は次に趙氏を討つ計画を立てこの計画に予譲を重用し韓氏と魏氏への使者として送り味方につけたのだ。
三氏による趙氏への戦いは三年に渡ったが勝敗がつかなかった。
ここで趙氏は韓氏と魏氏に対し「手を組んで智伯を討ちその領地を三分割しよう」と持ち掛けたのだ。両氏は賛同し今度は智博が三氏に攻められアあっという間に討ちとられてしまったのだ。予譲はひとり山の中に逃げ込んだ。
智博に攻められた趙蘘子は怒りが収まらず智博の頭蓋骨に漆を塗って盃にした。
ここから予譲の復讐の物語が始まる。
山の中で予譲は「士は己を知る者のために死し、女は己を喜ぶ者のために化粧する」という、と考える。世間で智博様をどう悪く言おうと俺を認めてくれたのは智博様だけだ。その恩義に報いなければならぬ、と。
予譲の復讐に気づいた趙蘘子はその忠誠心に感心して見逃してやった。
しかしそれでも予譲は顔に漆を塗ってかぶれさせ炭を飲んで声を変え乞食をしながら趙蘘子を殺して仇を討とうと狙い続けた。
が、趙蘘子が乗る馬が異変を感じまたもや予譲は仇討に気づかれてしまったのだ。
取り押さえられた予譲は最期に「せめてあなた様の衣服を頂戴できませぬか。それを斬って気持ちだけでも仇討を果たせば死罪となっても心残りはございませぬ」と願った。
ここでも趙蘘子はその願いを聞き届けてやった。
予譲は趙蘘子が衣服を渡そうと近づいた際に斬ろうと考えたのだが行ったのが側仕えだったためやはり果たせずその衣服を斬り自らの胸を刺し貫いたのだった。
趙蘘子は「士は己を知る者のために死す」というが、立派な義士じゃ」と涙した。
今となれば予譲の忠義は恋心としか思えない。
なのですべての忠義話はラブストーリーにしか思えないのだ。
それよりも(ごめん)趙蘘子さんの度量に感心する。
そして顔と声を変えても予譲を見極めた友人くんにも感心する。『山月記』ばりの友情だ。乞食に身をやつした予譲を家に迎え入れもてなし助言してあげた上、乞食をしている予譲に近づいて趙蘘子の予定を知らせてあげる優しさ(余計なお世話でもあるかもだが)予譲くんが好きだったのだなあ、と思わせられる。
第2話「男と見込まれ」
こちらも「士は己を知る者のために死す」話。
なんだろう。堅苦しい言葉だと昔の話だと思ってしまうけど結局これって今SNSで盛んに言われる「自己承認欲求」ってことっすよね。
「自分をわかって欲しい」ってのは特に男性においてより強いみたいですがだからこそ「士は己を知る者」=「自分を承認してくれた人」を好きになってしまうってことではないですか。
なあんだ。今も昔も変わらないという。
検索したら「自分をわかって欲しい」というのは甘えの構造だと書かれていて笑ってしまいました。
だとしたら義士というのは大甘えってことですか。(横山先生に怒られそう)
この物語の主人公は聶政。かつて韓の郷里で喧嘩で人を斬り、仇討ちで母や姉に科が及ぶのを怖れ斉に身を隠した。
ところがそのあばら家に韓の大臣が訪れ友好を深めることになる。
大臣厳仲子は聶政の母親にと黄金二千両を贈り物にしたいとまで言い出す。
実は厳仲子には恨みを晴らしたい人物がいて有能の士を探し求め聶政を見つけだしたと言うのだ。が、聶政は年老いた母を置いて他国に行くことはできないと答え、差し出されたあまりの大金に聶政はこれを辞退した。
数年後老母が世を去り姉が嫁いだのを機に「俺をあんなに見込んでくださった厳仲子様にお尽くしするか」と厳仲子の住む衛の濮陽を訪ねたのだ。
厳仲子が恨む相手というのは韓の宰相侠累だった。侠累は韓を好きなように動かした上これを諫言した厳仲子一族を誅殺しようとしているというのだ。
韓が侠累に牛耳られてしまう前に殺さねばならないと厳仲子は考えあぐねていたのだ。
理由を聞き聶政はこれを引き受けた。
家来を用意しますという厳仲子に聶政は一人で行わなければ厳仲子様の命が狙われますと言い単身韓へ向かったのだ。
聶政はまっすぐ韓の宰相の屋敷へ行き阻止しようとする門番を殺し宰相を刺し殺した。
その後取り押さえようとする兵士たちを十三人斬り殺すと「男の死に様をよく見ておけ」といいいきなり自分の顔を削り目をくりぬき腹をかき切りはらわたをつかみだして息絶えた。
兵士たちは謀叛者を割り出そうとしたが誰もわからない。
聶政の死体は市内にさらされ「下手人の姓名を知る者には千金を与える」と布告したが誰も言い出す者はなかった。
この話は聶政の嫁いだ姉・栄も知ることとなった。
栄は胸騒ぎがしてその死体を見に行くと腕に見覚えのある黒子を見つけ弟に違いないと言い出した。
周囲の者たちは「そんな大罪人の家族とわかればあんたも同罪となる。なんでそんなことを言いだすのだ」と諫めた。
が姉・栄はことの次第を話し「弟は私に罪が及ぶのを怖れ体を傷つけて死んだのです。でも私が罪を怖れて明かさなければ弟の名は埋もれてしまいます。私が名乗ったのは覚悟の上です」と言って姉・栄も自分の喉を突いて死んだ。
ううう。あれほど用心したのに結局姉の言葉で厳仲子の名が出てしまった。その後どうなったのか。
家族には罪が及ぶが嫁ぎ先は無事なのか、とも思う。
しかしそれほどまで自己承認欲求というのは強いものなのだと思わされる。
栄さんもこんな立派な弟のいる姉なのだと言いたかったのだ。かつてこの欲求は立派と言われ今は「甘えの一種」と言われながらも持たずにはおれない。
「自己承認欲求」はこれらを読むと当然のことなのではないかと思えるねえ。