ガエル記

散策

『捨て童子 松平忠輝』横山光輝/原作:隆慶一郎 その2

魅力的な人物を描いてくれたものだと思う。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

まだすべて知ったわけではないのだけどここまで読んできた作品でおおまかにいえば横山光輝は戦いの歴史を描いてきた。そしてそれが大きな人気を呼んだと思う。『鉄人28号』しかり『バビル二世』しかり『三国志』しかり多くの忍者もの、そして戦国時代の武将たち。それらは胸躍る男たちの戦争のドラマだ。

が晩年、年表を見ると90年代に入ってからになるが『史記』『殷周伝説』などが並んでいる。

横山氏の作品の中でも非常に面白く読んだのだがやはり人気という点では低いのではないだろうか。(思っただけなので事実はわからない)

本作『捨て童子』もその時期の作品である。

横山氏はすでに80年代に長編『徳川家康』を完成させている。戦国時代を生きた家康の戦いのドラマだ。家康自身は平和を求めその意志を達成し太平の世と称される江戸時代を築くわけだが、物語自体はその願いを達成するまでの戦国時代の描写だ。

それに比べ本作は秀吉が没した後の戦争が収束していく時期が舞台となっている。

とはいえまだ豊臣家には秀頼が存在し淀君が支配している。主人公として描かれる忠輝は貧弱でも愚鈍でもない。それどころか父家康が驚くほどの策士であり多くの武芸者が「参った」と恐れ入るほどの身体能力を持つ。

忠輝に惚れ込んだ忍者才兵衛が忠輝の武者姿を夢見てうっとりする場面はとても愉快だが雨宮次郎右衛門はそれを察して釘をさす。

「その夢を実現させてはならぬ。どれほど心躍る夢でも実現させてはならぬのだ」

本作の肝はここにある。

忠輝自身が戦は嫌いで心配はないようにも思えるが誰しもが戦が好きで参加するわけでもないだろう。

ましてや鬼っ子とはいえ家康の実子で優れた才能を持つ男子とくれば戦に巻き込まれてしまうのは必至だろう。

だが本作で忠輝は豊臣秀頼と「戦わない」という誓いをたて義兄弟の契りを結ぶのだ。互いの指を斬ってその血を啜りあう場面はそういう行為を描かない横山マンガの中で印象に残る。

そしてほんとうに(本作においては)秀頼を討つ大坂夏の陣に参加せずこっそりとひとり秀頼と千姫に会う、という驚きの展開になっている。まさに鬼っ子の面目躍如といえる。

 

忠輝は最後まで「鬼っ子」と呼ばれ自分自身もそれを認める。「鬼っ子」と呼ばれたいわけではなかったが成長して鬼っ子であることを良しとした。しかしそれは忠輝が多くの人に愛されたからこそ思えるのではないか。

立場を守っていきるしかない日本社会の中で外れ者だったからこそ生きれたのだ。

鬼っ子は家康が望んだとおり92歳まで生きた。家康ほどの健康おたくでも75歳、後継者となった秀忠は53歳ほど、やはり生きるのは大変だったのだろう。

他の徳川家将軍は最後の慶喜76歳を除けば軒並み短命だ。

92歳まで生き永らえるとはやはり本当に身体が強かったのだろう。医学の知識があったのも要因だろう。

 

横山光輝の晩年の作品がこのような「戦争をせず頂点を目指さず学問や芸術を愛する心優しい男性の物語」だったのは嬉しいことだ。

物語は始まりと同じく雨宮次郎右衛門と才兵衛の語らいで終わる。若もすっかり年を取ったが使命を果たした顔は晴れやかだ。鬼っ子様をお守りした喜びの笑顔が締めとなる。

 

魅力的な横山光輝マンガ作品、どうしても『三国志』『バビル二世』『鉄人28号』のかっこよさにまずは引き寄せられてしまうのは当然ですが(私もそのまんまその道を歩みました)後年の『史記』そして本作を読まずには終われないと思います。

本作のデジタル化が望まれます。