ガエル記

散策

『三国志』再び 横山光輝 三十五巻

張飛馬超。いいねえ。

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

このカラーページ素晴らしい。(カラーじゃないけどw)動いて見える。音まで聞こえそう。

月が真ん丸だ。

追い詰められた玄徳の前にも伏兵が。

と、それはなんと張飛であった。あまりに早い到着に玄徳は驚いて問うが張飛はまずは味方を助けましょうと駆けていった。

カッコいいねえ、正義の味方の登場方法ではないか。

 

蜀軍を倒し城へ戻ると張飛は厳顔がここまでの案内をしてくれたため三十数か所の城砦をそのまま通過できたというのだ。

さらに黄忠魏延が敵将呉蘭・雷同を捕獲してきた。厳顔が彼らを説得し仲間となった。

 

これを知った張任は不甲斐なさを感じ張飛を生け捕れば玄徳軍の士気は落ちる、と策略を練った。

張飛はおびき寄せられ追い詰められたもののそこへ趙雲が現れ事なきを得る。

しかも趙雲呉懿を捕獲した。その呉懿も玄徳軍に降ることとなる。

 

孔明呉懿から「張任がいる間は雒城は落とせない」と聞く。

「ではその張任を生け捕ってからというのが順序ですな」と孔明。その言葉に呉懿は呆れかえった。

しかし孔明はまず呉懿と連れ立って周囲の地形を見て回り「よくわかりました」と満足する。孔明は次々と武将らを呼んでは作戦を言い渡す。

「みんな間違いのないように」

ひええええ、みんなすぐわかってえらいなあ。

 

常時は案外謙虚なんだけどやる時はきっちり天才軍師を演じる孔明すてきです。

さしもの張任孔明相手では及ばず。

ピタゴラスイッチの如く孔明の仕掛を辿りすっと張飛の兵に生け捕られてしまう。(しかも張飛の力技はいらず兵士によってだもんな)

 

ついに捕らえられた張任は他の者と同じように玄徳にとくとくと説き伏せられるが「忠義の臣はふたりの主人に仕えることはせぬものよ」と言い張って譲らない。

孔明は「あまりくどく強いるのはいけない」と判断した。玄徳は「惜しい人物じゃが」としながらもその首を刎ねさせた。

玄徳はその死を惜しみ金雁橋のかたわらに忠魂碑を建てたのであった。

生き永らえることを望みながらも忠義の士に対しての敬意が描かれる。張任が他とまったく違って美男子なのが物語ってる。

 

そして呉懿将軍が言った通り張任がいなくなった雒城は説得で簡単に落ちてしまった。抵抗する最後の将軍は兵士によって殺害されてしまったからだ。

 

こうして成都への道は着々と近づくがまずは人民を安心させることにした。

人民を敵としては国は治まらない。大事なことだなあ。

 

ここで愚鈍と評される劉璋の人の好さが描かれる。

農民を移動させて穀物を焼き捨て田畑の水には毒を投じて焦土と化せば玄徳軍は弱り果てますという側近の策略に顔を背け「それはおもしろうない」と断言するのだ。

劉璋は戦いにおいて優柔不断ではあるが国民を大事にする気持ちは高い。

だからこそ張任のような忠義の士もいたのだろうとも思う。

結局劉璋はこれ以上国民を困らせたくない、という理由で戦いから降りるのだから。

ここを読んでしまうと劉璋も悪い人ではなかったのかなと思ってしまう。劉璋は「それはすでに敗戦の策じゃ」と怒るのだが焦土作戦は史上多く使われていく作戦ではあるのでやはり良い人だったのだとしか言えない。

が、まあその直後法正からの降伏を勧める書状に激怒し敵国である漢中の張魯に蜀の半分をやるから玄徳軍を追い払ってくれ、というとんでもない下策を講じるのだから愚鈍と言われてしまうのはしょうがない。

 

降伏を断られた玄徳軍は綿竹関へと進む。

ここでも孔明の策が功を成し無益な殺傷はなしに玄徳は入城することとなる。

 

さて漢中には劉璋からの援軍を求める書状が届いていた。

呆れる側近に馬超が声をあげた。恩返しとして劉備を生け捕り蜀の領地を奉りたいというのである。

馬超曹操に追われて漢中に身をひそめていた。その彼が援軍の将となったのだ。

 

この報を受けた孔明馬超相手では葭萌関を守る孟達だけでは心もとない、として張飛を差し向けるのだがそのためにちと釘をさす。

あえて「関羽を呼ばねばならなくなった」と張飛に向かって言ったのだ。

すました顔の孔明。いじわるい。

このエピソードおもしろくて腹がよじれる。孔明に釘を刺されて張飛馬超と相対する。

しかし最初に現れたのが馬岱だった。(馬岱~~~名前を見るだけで泣ける)

とはいえここでは張飛、出てきたのが馬岱と聞きがっかりする。

怒った馬岱だったが張飛の槍に刀を弾かれ逃げ出す。

島津豊久の原型。

 

翌日当の馬超張飛を呼ばわる。

城壁から馬超を見てその姿に惚れ惚れとする玄徳に「なんでい、あんな奴」とすねる張飛。くっくっく。

馬超の挑発に我慢ならず玄徳を「義兄」と呼んで勝負をねだった。

許されて飛び出す張飛

馬超は口がまわるんだよ、あーいえばこーいう。

張飛馬超の戦いがはじまった。

しかし勝負はいっこうにつかず

こういう描写がすごさを物語る。

日が沈み始めても続く戦いに玄徳が待ったをかける。一度は松明をつけて続けようとした馬超だったが玄徳はそれも止めた。

「敵にするには惜しい男」とつぶやく玄徳をにらみつけてる張飛が・・・むかつくねえ。

 

この戦いを聞いた孔明は「どちらかが討死するのは惜しい」と言って馬超を味方につける案を出す。大喜びする玄徳。

張魯馬超の仲を裂き(よく仲を裂かれるな馬超)そこを狙って説き伏せるのです。

 

孔明の策で張魯馬超は仲違いし馬超は進むも引くもできない状態となった。

そこに登場したのが馬超と彼の父を知ると言う李恢であった。孔明李恢の言葉を聞いて馬超説得を頼んだのだ。

 

李恢の訪問を告げられ馬超は嘲笑する。家来を物陰に伏しておき玄徳に頼まれ自分を説き伏せに来たか、と問うた。

李恢は「玄徳ではなく御身の亡き父親から頼まれた」と言い返す。

道理に合わぬことを言えば試し斬りにするという馬超李恢は答えた。「馬超よ。お主の父はいったい誰に殺されたのじゃ」

驚く馬超

名場面。名文句「むむむ返し」もある。

李恢の言葉に一気にしょげてしまう馬超李恢に平伏し謝罪した。

李恢は家来が隠れていることもわかっていた。馬超に対し供に玄徳の前に行こうと諭す。そして玄徳と力を合わせて曹操を討つのだと。

 

馬超はついに玄徳の軍に降った。玄徳は馬超を上賓の礼をもって遇した。

青年馬超の感激はいうまでもない。

馬超馬岱に「真の盟主を仰いだ心地がする」と告げた。

 

馬超劉璋の元へひとり行き漢中張魯の野心を伝えた。張魯は援軍を寄こす気持ちなどないと。

これを聞いた劉璋はへなへなと崩れ折れた。

ついに降伏を決心したのである。

玄徳は善政をしいて蜀の民に迎え入れられた。

孔明は玄徳に劉璋荊州へ送るよう勧める。

 

こうして蜀を平定した玄徳は初めて自分の国を持ちここに曹操の魏、孫権の呉、玄徳の蜀、と三国が形成されたのである。

 

うおお。ここでようやく『三国志』が。長かったなあ。

ここから『三国志』なんだと。すごい。ここまで長かったけど『三国志』もまだまだ長いんだよなあ。