『カムイ外伝』一筋縄ではいかない。
様々に心に残る物語が綴られるがこの「黒塚の風」が一番と言われる方も多いはず。
その良さが簡単には表せないがなんとか記してみよう。
ネタバレしますのでご注意を。
本編の主人公は上の画像手前に映る綺麗とはお世辞にもいえない中年の醜女である。
名を「黒塚のお蝶」という。
カムイは言わば狂言回しの役目といったところだろうか。
とはいえこれがもしお蝶だけの物語であればあまりにも教訓めいてしまうだろうものをカムイの存在と物語によってより味わい深いものになっているのだろう。
まずは冒頭お蝶という醜い中年女の底意地の悪いという言葉では生ぬるい悪辣な行動と心情が描かれる。
人が大事にしている美しい菊や小鳥を台無しにするばかりでなく幸福そうに寄り添う若夫婦の身重の妻の足をすべらせ流産させてしまう悪戯までも行い嘲笑するのを楽しみにしているのだ。
ところが薬種問屋坂田屋の息子を川に誘い込んで溺れさせたのをカムイが飛び込んで救けてしまう。
これに感謝した坂田屋主人夫婦はカムイを家に招いて歓待した。
いつも一人旅ばかりのカムイが金持ちの家に招かれても堂々対応できるだけでなく久しぶりに人と語り合ったことが嬉しいという、やはりとんでもない人間なのだ。
黒塚のお蝶はこれを妬み悔しがった。
ところがこの坂田屋を賊が襲う。賊は手始めに井戸に毒を仕掛けたために食事をして立ち去ったカムイもまた激しい腹痛で苦しむ。
坂田屋は皆殺しの強盗に会いその下手人としてカムイが捕縛された。あのお蝶がたれ込んだのだ。
カムイは拷問にあうがすぐに抜け出してしまう。そして黒塚のお蝶の住むあばら家に入りこんで執拗に座り続けるのだ。お蝶はそのあばら家に男を連れ込んで売春をしていたのだがカムイがいるばかりに食い上げとなってしまう。
なんとかカムイを追い出そうとするお蝶だがカムイがそんな女に動かせるわけもない。
そしてなぜかお蝶に次々と災難が降りかかる。最初はカムイの仕業かと思いきや次第にそうではないとわかる。毒をもられあばら家を焼かれ刃を向けられるのだ。
その間もカムイはお蝶から離れなかった。
威勢の良かったお蝶も次第に弱気になり自分の話をカムイに聞かせる。
元は裕福な医者の家に生まれ可愛がられたお蝶だったが美しい妹が生まれ両親の愛情を奪われてしまった。しかもお蝶の恋人までもが妹と出来てしまう。
ところが妹はその男に捨てられ自殺してしまった。悲しんだ両親はやつれ果て死んだのだという。
「あたしだけ残してねえ」
落ちるところまで落ちたお蝶はただ人の不幸を喜ぶしかなくなってしまったのだ。
しんみりとした話の後、坂田屋に入った賊が二人の前に現れた。賊はお上にたれ込んだお蝶が自分たちを見たのだと思い込んで彼女をつけ狙っていたのだ。
様々な災難は賊の仕業だった。
お蝶の密告はカムイへの妬みだけであり賊のことなど知らぬものだったのだがこの時点で「顔を見られた」と賊はお蝶を地面に突き立てた刀のつばの上に乗せて首を吊り刀から足が離れれば首吊りになるという残酷な仕掛けをしてカムイを殺そうとする。
だがカムイはそんな賊に倒されるような者ではない。一瞬の後に賊を皆殺しにして去っていった。去り際に足を滑らせたお蝶を救ってから。
カムイを尾行していたお上の侍らはこの惨状を見て不思議がる。
「なぜあの男は今までとどまっていたんだ?まさかこんな女を救おうと思ってはいまいに」
その言葉を聞いたお蝶は泣き崩れるのだった。
ここからカムイを仇と狙う「百日(ももか)のウツセ」が登場する。
彼は前回の物語でカムイが鮫に食わせた不動に拾われ育てられた恩を持つ優れた忍者である。「百日(ももか)」というのはまだ生まれて百日にも満たない子どもを指す。そんな幼子を拾い上げて育ててくれた不動への恩をウツセは持っておりその養父を残酷に殺したカムイを憎んでいるのだ。
愛らしい顔をしたモモカに「おばちゃん」と呼びかけられるお蝶は相変わらずカムイを蔑もうという悪戯を考えてはいたが慕ってくるモモカと旅を続けるうちにその男児が愛おしくなってくるのだ。
モモカもまた「おばちゃんのひとりくらいおいらがなんとかするよ」と言ってくれるのだ。
モモカは自分の生まれた村に帰って暮らしたいというのだ。
ふたりはモモカの姉と遭遇する。姉は身売りされてしまうところだったのを抜け出しモモカたちと再会するのだ。
お蝶はふたりの子供を養おうと毅然とした態度で売春をする。
お蝶は愛する者たちのために生きていた。
モモカの姉の追っ手から逃れながら吹雪の山を越えももかの生まれた村を目指すが子どもたちはついに耐え切れず死んでしまう。
お蝶はふたりを焼いて灰を持ちその村を目指す。
がその村はすでに無かったのだ。
現れたカムイが「飢饉のために絶えた村だ」という。
お蝶は「そんな馬鹿な。お前も私と一緒にいた可愛い男の子を見ただろう」というとカムイは「見ていない」と答える。
お蝶が二人を焼いた灰を取り出すとそれはただの砂だった。
カムイは「百日(ももか)に満たず死んだ子供は彷徨うという。そして親に会えば必ず孝行するらしい」という。
お蝶という悲しい女性の魂が救われる物語なのだ。
しかもその話は自分自身の作り話でしかない、というのが白土三平の怖ろしいところというのか。確かに都合よく話が進んでしまうのはお蝶の脳内だからなんだろう。
蝶、という名前も夢を見ているのだという意味で使われているに違いない。胡蝶の夢。
お蝶は自分自身で考えて自分自身を救っている。のだが、カムイがそこに少しだけ妙味を加えているのだ。
そこに「百日(ももか)のウツセ」の話が短く挿入される。
ウツセもまた養父への孝行をしようとしているのだがここではそれはまだ序章でしかない。