ガエル記

散策

『差別と日本人』辛淑玉・野中広務

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恥ずかしいことですが私は最近までお二人どちらのことも知りませんでした。

辛淑玉さんはある程度仕方ないとしても50代日本人で野中広務氏を知らないというのは問題ですが、それくらい政治にまったく無関心だったということです。

同じような発言をよく目にするのですがまったくもって「安倍政権になって私は初めて政治に興味を持った」のでした。

もちろんこれは安倍政権になってあまりの日本の悲惨さにやっと気づき「ぼーっとしていられなくなってしまった。政治はどうなってるの」と慌てさせてくれたのが安倍首相であるということです。

それまでは自民党だと野党だのということすらよく判らないままに生きてきました。

自分の愚かさにはうんざりさせられますが、もしこの半世紀(少なくとも40年くらいは)政治をしっかり見ていたらおかしくなっていたかもしれない気もします。

少なくともここ最近本当に絶望し続けていますので。

 

そんな私が今回読んだ本書です。レビューを見ると野中氏は良しとして辛淑玉氏への罵詈雑言が酷いのですが(彼女の思い込み発言がこの本をダメにしているとばかり書いている)私は何も知らない素の状態で読んでいるせいかレビューの方が文字通り差別的なのか、辛淑玉氏の発言はまっとうで偏ったものは感じませんでした。

 

著者略歴を見ると、辛淑玉さんは1959年東京都生まれ。構造的弱者支援のための活動を様々に実践する。人材育成コンサルタント、となっています。本文を読むと在日朝鮮人としての差別を受けて苦しまれてきたことが判ります。

 

野中広務氏は1925年京都府生まれ。元・自民党衆議院議員、小渕政権で官房長官、森政権で自民党幹事長。2003年に議員を引退してからは京都太陽の園の理事長、と記載されています。本文で部落出身者としての差別に苦しまれてきたことが判ります。

まったく知らなかった、と書きましたがさすがに顔を見た覚えはあります。

 

立場は違うけれどそれぞれの深く重い差別に対する対話を読むことになりました。

 

読んでいて実感するのは顔を覚えているだけ、という記憶でも自分の知己である人の「差別に対する思い」を読むことと単なるそういう訴えを読むことはまったく意識が違うものだということです。

政治家として活躍されていた記憶がある人がこのように苦しい人生を歩んできたのか、という読み方はそうではない場合と比べまったく違ってくるのではないでしょうか。

 

野中氏は不屈の方のようですが、それだけに組織としての差別ではなく個人の差別発言に大きく傷つけられてしまうのです。

若い頃信頼していた後輩の陰口を聞いたことでの離職は氏の苦しみを感じさせます。

また総理大臣に待望された野中氏が麻生太郎氏の差別発言により果たされなかったことなどは私ももっと早く知っておくべきことだったのにと悔やまれてなりません。

私なんぞが知ったからと言って何も変わりはしないでしょうがいったいなにをのほほんと生きていたのでしょうか。

 

 長い間(というか今までずっと)まったく勉強してこなかったツケが今猛烈に襲ってきています。穴があったら入りたいというのはこのことです。

 

本書で様々な反省やため息を繰り返すことになりましたが、ちょうど先日衝撃を受けてしまったムーア監督『華氏119』のオバマ大統領のフリント水問題はこの対談を読んでいたらそうなることは判っていた、のでした。

 

本書174ページからの「オバマ大統領の存在意義」

ほんの数ページですがここに「オバマ大統領はフリント水問題を解決しない」ことがすでに書かれていた、のでした。

オバマ大統領はアメリカ初の黒人大統領となりその人格の素晴らしさを賛辞され私もずっとあの映画まで信じ切っていたのですが、辛淑玉氏、野中広務氏二方は2009年以前この対談で「そうではない」ことを語っていたのです。

オバマ大統領はずっと「黒人」と形容され続けてきましたが、白人とのハーフ(もしくはダブル)であることは周知です。しかも

 

辛:オバマさんはインドネシアやハワイで育って、アメリカ黒人の歴史的な傷つき方をしていない。文化的にもない。ダブルだということもあって白人が投票しやすい。もっと言うならば、仕返しされる心配をしなくていい。安心して投票できる人だから大統領になったんだなって気がしたんですね。

じゃあ、ほんとにオバマさんがなんかやるかっていったら、私はあんまり信じちゃいけないなって感じがしてたんですよ。

 

野中:それは見事な分析だと思うよ。

 

 オバマ大統領はあのフリントの町に住む「鉛の入った水を飲むしかない黒人たち」を自分と同じ黒人の仲間、という目では見ていなかったのです。

マイケル・ムーア監督自身、衝撃だったのではないのでしょうか。

 

政治が動く時、それがどういう意味なのかをよく考えなければならないのですね。難しいことですが。

 

野中氏のことばかりになりますが、野中広務氏が若い頃大阪鉄道管理局に勤めて大勢の女性を部下にした時「みんなの生理日を調べてその日は重い荷物を運ばなくていいようにしたい」という話、辛さんがびっくりするのですが当時の男性でそんなことを考えつくなんて、いや今でもいないと思います。

北朝鮮との対話のエピソードにも感心しました。こういう方は今自民党にいるのでしょうか。

本当にもっと早く勉強すべきでした。