ガエル記

散策

好きなもの、嫌いなもの その3

さてさてえーと次はなにから話していきましょうか。書きながら考えています。

続きます。

 

SFもの。

まあ、SFもの、という言い方もおかしいのですが私はとりあえずSFが大好きだとは思います。けどもこれほど「もどき」が多い「もの」もないようにも思えます。

SF=サイエンスフィクション、なのでしょうが今の世界はそうだけど、こういう世界になったらどうなる?という置き換えをして新しい世界を構築していくのがSFなのだと思っているのですが、日本人はこの「新しい世界」もしくは「異世界」を考えるのが非常に苦手なように思えます。

というのは山岸凉子テレプシコーラ』を読むまでもなくバレエ界でも新しいバレエを創作するコリオグラファーは日本人にいない、つまり新しいバレエ世界を作るのが苦手、なのだということが判ります。その新しく作られたバレエを踊ることは好きだし自分に取り入れて発展させていくダンサーはいるようなので物事を改変させていくのは好きなのでしょうが「新しい世界」を作り出すのは不得意、これが日本人の特徴なのでしょう。

 

「日本人の特徴」というような表現には反感を持たれてしまうかもしれませんが、「新しい世界」「異世界」を生み出すには規範から外れてしまう能力が必要なのだ、ということですね。

例えば今現在の社会と違う社会を構築したはずなのに男女の性意識がこの世界と変わらない、というような表現を見るともう先を読む気観る気が失せてしまうのです。

 

この男女の性意識だけは現在と変わらない、という描き方をしてしまうのはこれも極論ですが男性に多いのです。

逆に女性作家はそこの差異を描きたくて書き始める場合が多いように思えます。

 

例えばル・グィンの『闇の左手』のような世界です。

マンガでは萩尾望都の『マージナル』世界ですが、男性でこうした性の差異を描いたものは諸星大二郎『男たちの風景』以上のものがあるのでしょうか。

 

SFものは「現実ではそうだが、こういう世界になったらどうなる?」を思索し構築していく能力がどれほどのものかを競うところに醍醐味があると思います。

 

多くのものは似たり寄ったりでSFっぽいなにか、になっていてがっかりするのです。とはいえ作品の数は膨大にあるものでどれが好きか、というとなかなか大変です。

諸星大二郎萩尾望都の作品はその中でも秀逸だと思っています。

 

日本のSFは小説・マンガ・アニメでは多いのですが、なぜか実写映画では少なくなるのですが、それも不思議です。

どうも映画界はSFは宇宙船や怪獣が出てこないとSFではないと思っているのではないでしょうか。

萩尾望都の『バルバラ異界』なら舞台もほぼ日本だし今の映像技術で充分できるはずなのです。CGすら使わなくてもいいかもしれません。

 

ミステリーもの

日本の創作作品でこれはもう多すぎるくらいだし、いい作品も好きな作品もたくさんあるので逆に語らなくてもよさそうです。

日本人の感覚に一番合っているのかもしれません。

横溝正史江戸川乱歩、そして今でもしょっちゅうドラマの原作になっている松本清張、数えきれないほどのTVドラマ・アニメの推理もの、現実的で身近であるほど面白くなるのですから当然ですね。

やはり映画なら金田一シリーズ、私も大好きです。

 

ディストピアもの。

SFものの中の一派ですが、特に興味深いカテゴリですね。

怖いもの見たさというのか。

というかそもそもSFというものがディストピアを描くために存在すると思います。

先日観たアニメ『キングゲイナー』しかり。

ガンダム』シリーズは大体ディストピア寄りですが『鉄血のオルフェンズ』はもろにディストピアで大好きでした。

進撃の巨人』しかり。

しかし現在の日本社会をそのまま作品にしたら一番のディストピアものになれる、と思っています。

 

暗黒街もの

ディストピアものは大好きなのに暗黒街ものはあまり好きじゃないのです。

というか、以前はそんな映画をよく観ていたものですが、次第につまらなくなってきました。

暗黒街の意味は

 

治安が悪く、犯罪や不法行為のよく起こる地域。犯罪者や無法者が支配している社会。

 

 ということですが、「普通の社会」から区切られてそこだけで暗黒していることがお遊びみたいで馬鹿々々しくなってしまった、こともあるし、「自分の社会とは別の場所」という安全圏から殺人ごっこを観ているような感覚もつまらないし、結局自分が存在している社会で怖ろしいことが起きることが怖ろしいわけです。

 

悪の組織たち同士が戦っていることよりもっと怖ろしいことが普通の家で起きていたりするのではないか、と思うと暴力団のドンパチはつまらないのですよね。

普通の学校、普通の家庭、普通の会社で普通に悲惨なことが起きていることに目を向けたいのです。

 

そういう流れもあって「不良の話」は前は好きでしたが、今は「良」の話のほうに興味があります。

一見良さそうでも本当はどうなのか、そこが面白いと思うのです。